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8話
「降りる駅着いたね。麻穂さん疲れてない?」
「大丈夫です」
彼女の分も合わせて荷物を持ち電車を降りる。改札を通って駅の外に出ると、小さい頃から見慣れた風景が目の前に広がった。
――9月に入り、麻穂さんの連休に合わせて計画した帰省。新幹線と地元路線の電車を乗り継いで2時間ちょっと。いつもは退屈なだけの移動も、彼女と一緒というだけであっという間で楽しい時間だった。
丁度新幹線の車内でお昼になるからと駅中にあるお店で弁当を買う時も、2つまでは絞れたのにそこから決めかねて悩みまくっている麻穂さんも可愛かったし、どっちも買って半分こしようという俺の提案に嬉しそうに顔を緩ませているのも可愛くて、その場で思わず抱きしめそうになったぐらいだ。
「自然がいっぱいでいい所ですね」
「そう? 田舎なだけだよ」
気持ちよさそうに深呼吸している麻穂さんの手を握って歩き始める。
「少し歩くことになるけどいい?」
「はい」
「本当はバスもあるんだけど、地元を麻穂さんと歩くのもいいかなって思ってさ」
「嬉しいです。色々案内してくださいね」
笑顔の麻穂さんを見て、本当によく表情が出るようになったなと思う。
付き合う前に比べると、すごい差だ。本を読んでる時以外はここまで表情の変化がハッキリ無かったはずだけど、今ではちょっと思い出せなくなっている。
麻穂さん自身、お姉さんから「最近表情がよく出るし明るくなった」と言われたらしい。それが俺の影響なのが気に食わないと、何故か敵対視されてしまっているのが気にかかるが……麻穂さんのお姉さんは、シスコンの気が強い気がする。
「――で、このゲーセンでよく暇潰ししてたりした」
「なるほど。じゃあ――」
「――圭介? やっぱり圭介じゃん! こっち帰ってきてたの?」
学生時代のくだらない話を興味深そうに聞いてくれるから、ちょっと寄り道をしながらつい話しに夢中になっていると、俺の腕が麻穂さんから急に引き剥がされた。
突然の事に俺も麻穂さんも驚きながらその相手を見ると、この田舎には中々似合わない派手めな格好をした女が1人。
「帰ってきてるなら連絡してよー。また一緒に遊ぼ?」
「――あんた、誰?」
「え?」
俺の一言に、面白い程に表情が変化した。
多分高校の時に遊んだ内の1人なんだろうけど、全く記憶にない。もし記憶に残っていたとしても、俺が今更関わるわけがない。
それよりも、繋いでいた手が引き剥がされた事が許せない。態々繋いでいた方の手を引っ張るなんて普通やるか?どうかしてる。
隠しきれない嫌悪感と怒りが表情にも声にも現れていて、隣の麻穂さんが少しオロオロしているのが目の端に映った。
「誰って……冗談やめてよー」
「冗談なんか言ってないけど。知らない相手に名前呼び捨てにされる覚えないし、俺の名前呼んでいいのは恋人である彼女だけだから」
「恋人……?」
麻穂さんをチラッと見た女が信じられないという顔で俺を見る。
「行こ、麻穂さん。母さん達が待ってる」
「えっ……でも……」
「今度は何があっても離れないようにこうして……よし」
恋人繋ぎにして、女を無視したまま少し強引に歩き出すと、麻穂さんは後ろを気にしながら着いてくる。
「あの……彼女、よかったんですか?」
「いいも何も、俺は覚えてないし」
「でも……」
「例え昔関係があったとしても、今の俺には無関係の相手だから。それに、俺と麻穂さんの邪魔をするとか、許せるわけないじゃん」
握った手に少しだけ力を込めると、麻穂さんが困ったように俺を見上げてくる。
「麻穂さんは嫌じゃなかったの? 突然見知らぬ女に俺が親しそうに声をかけられた挙句に、繋いでた手まで引き剥がされてさ」
「それは……嫌でした」
「――そんな可愛い顔でヤキモチ妬いたの素直に認められたら、この場でキスしたくなるんだけど」
耳元で囁いたら、顔を赤くして焦りながら「絶対だめ」と拒否られてしまった。
「ざーんねん。じゃあ、そろそろ本当に実家行こうか」
「はい」
もう誰にも邪魔されないようにもう一度手を握り直して、今度は寄り道をせず真っ直ぐ実家へ向かい始めた。
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