4話

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カフェに着いて店内に入ると、外の暑さとは打って変わった涼しい空気に、体の熱が冷まされていく。 俺にとっては心地良い温度だけど、麻穂さんにとってはどうなんだろう。繋いだままの手が一瞬震えた様な気がしたけど、何も言わないって事は気のせいだったかな。 「いらっしゃいませ」 対応に来た店員に初めての来店ですか?と聞かれて、初めてだと答えると一通り仕様について説明してくれた。 本は自由に読んでいいが、汚さないように取り扱いには注意してほしいこと。手に取った本はなるべく同じ棚に返却してほしいこと。気に入った本は、そのまま購入することも可能であること。 説明を聴きながら、麻穂さんは早速並べられている本を視線だけで確認していて、その表情はワクワクしているように見える。 説明を一通り聞き終わると、半個室タイプの席に案内された。その場で飲み物を注文し終えると、すぐに麻穂さんが席を立つ。 「本選びに行くの?」 「はい。チラッと気になる本が何冊か見えたので」 「じゃあ俺はここで留守番しとく。荷物もあるし」 「お願いします」 麻穂さんが近くの棚で本を選んでいるのをボーっと眺める。 本を読んでるときだけじゃなくて、選んでる時も表情がコロコロ変わるんだな。楽しそうに選んでるし良いんだけど、やっぱり俺の存在本に負けてないか? それに…… 「どうかしました?」 1冊の本を手に取って席に戻って来た麻穂さんが、俺の顔を見て不思議そうにしている。 「見られてた」 「え?」 本を選んでいる間、近くの席の男が彼女にチラチラと視線を送っていたことにムっとしながら言うと、麻穂さんは何のことだか分からない表情をしている。 待ち合わせの時もだけど、麻穂さん鈍すぎる。あんだけ見られてるのに何で気付かないんだ。 「麻穂さん、席変わろ。こっちに座って」 「どうしたんですか? 急に」 「いいから、こっち座って」 立ち上がって俺が座っていた席に麻穂さんを座らせると、彼女はますます訳が分からないという顔になった。 「そっちの席の方が人に見られにくいから。……安心して本が読めるでしょ」 「なるほど。確かにそうかもしれません。気を使ってもらってありがとうございます」 麻穂さんに気を使っているようで、実際は俺が他の奴に見られたくなかっただけ。 見られるのも嫌なんて、こんな独占欲今まで持ったことなかった。一緒にいる女の子が誰に見られていようが、気にした事なんて無かったのに。 「それよりさ、結構冷房効いてるけど寒かったりしない? 大丈夫?」 「そうですね……正直に言えば少し寒いぐらいですけど、本のためだと思えば大丈夫です」 「本のため?」 「本が劣化しないようにするには、温度管理と湿度管理が大切なんですよ。このお店が本の為に空調を管理しているのかは分かりませんけど、このぐらいの温度なら本にとって過ごしやすいと思います」 本にとって過ごしやすい、か。本当に好きなんだな。 本を読んでる時の麻穂さん好きだけど、本に対してはなんか敵対心を感じるんだよなあ。 「……あ。じゃあ、麻穂さんがいつも長袖だったのって、それで?」 「はい。皆さんが本を読んだりする閲覧室は低すぎない温度設定なんですけど、書庫になると温度がかなり低くなってるんです。それに、第二図書室は古い本や資料が多いので、室内自体も温度設定を低めにしてありますし……私は第二図書室にいる時間も割と多いので、長袖を着ていないと冷えてしまって」 確かに言われてみれば、あの図書室の中かなり涼しいし、昼寝する時は小さいブランケットをかけておかないと体が冷えてしまうかもしれない。 初めて麻穂さんと会った時にストールを持っていたのも、冷え対策だったってことか。何でこんな時期にストール持ってたんだろうって、ちょっと不思議には思ってたんだよな。 「元々冷房に弱いので普段から防寒するものを持ち歩いてるんですけど……」 「けど?」 「今日はいつもと違うバッグなので後で入れようと思ってたのに、慌てて出てきたので忘れてきちゃって」 自分のバッグをチラッとみて溜め息を吐いている麻穂さんは、やっぱり少し寒そうだ。 流石に1人の客の希望で店内の温度は上げてくれないだろうしなあ。 ホットドリンク頼んだとはいえ、それでどうにかなるもんなのか? 「……あ! じゃあさ、俺のシャツ着る?」 「え?」 Tシャツの上に重ねて着ている半袖のシャツ。麻穂さんノースリーブだし、少し袖があるだけでも違うんじゃないか? 「でも、それだとあなたが寒くなりませんか?」 「俺は全然。ここの温度丁度いいぐらいだし――はい」 サッと脱いで麻穂さんに差し出すと、迷いながらも受け取ってくれる。 「……ありがとうございます」 そのままそれを肩から羽織った麻穂さんの上半身が、俺のシャツにすっぽり入っている。 その姿を見ていたら、胸の奥の方がむず痒い感じになった。 「……俺の温もり感じる?」 「変な言い方しないでください」 「普通に聞いただけじゃん。麻穂さんのえっち」 「なっ……」 「それで何とかなりそう? 大丈夫?」 「……温かいですよ」 「なら良かった」 少し恥ずかしそうにしている麻穂さんを、どうしても緩む顔で見つめる時間は、注文した飲み物が届くまで続いていた。
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