4話

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麻穂さんが読んでいた本に一区切りがついたお昼過ぎ。少し遅めの昼食を注文して2人で食べ始めると、ふとあることに気付いた。 「そういえば、ほぼ毎日昼休み2人で過ごしてたけど、こうやって一緒に飯食うの初めてじゃない?」 「言われてみれば……確かにそうですね」 会うのがいつも図書室内だったから、飲食は出来なかったもんなあ。何かを食べたり飲んだりしてる麻穂さん見るの、新鮮だ。 「食べてるところも可愛い」 食べ方綺麗だし、小さな口でもぐもぐしてるの小動物みたいだ。 誰かが食事をしているところを見てこんなこと思うの、初めてかもしれない。あんまりそんなところに興味を持ったことないもんな。 「あの……まさかとは思いますけど、私に言ってますか?」 「麻穂さん以外に誰がいんの」 まさかって、しっかり目の前の麻穂さんを見ながら言ってるのに、何で自分のことかどうか確認が入るんだ。 「……私にまで、そんなこと言わなくてもいいんですよ?」 麻穂さんの表情が、微笑んでいるのにどこかちょっと悲しそうに見える。 「もしかしてさ……俺が周りの女の子にも同じようなこと言ってると思ってる? リップサービスの1つみたいな」 「違うんですか?」 「はあー……」 口から盛大なため息がこぼれ落ちる。 まあ、麻穂さんと出会う前まで女の子と遊びまくってたし、麻穂さんはそれを知ってるから、そういう風に思われても仕方ないんだろうけどさ。 「俺、今まで麻穂さん以外の女の子に対して、可愛いとか口に出して言ったことないよ」 「そんな嘘つく必要は……」 「嘘じゃなくて本当なんだって! ーー確かに、今までは誘ってきた相手がそれなりなら断ったことはないし、体の関係だってあったけど……後が面倒だから、遊びの相手にそういう勘違いさせそうなことは言ったことない。本命を作るつもりなんて無かったし。こんな風に自分から誘ったのだって、実は麻穂さんが初めてだったりするんだからな……」 「え……?」 「つまり! 麻穂さんに対して言ってる可愛いは全部本音だから、そのまま素直に受け取ってくれていいってこと。分かった?」 あー……何だこれ。めちゃくちゃ顔が熱い。 こんなのもう、好きって言ってるようなもんじゃん。 ーー好き、か……うん、俺やっぱり麻穂さんのこと、マジで好きなんだと思う。独占欲だって初めてだし、ボーッと眺めてるだけで満足出来るのなんて麻穂さんしかいない。 「……」 「……麻穂さん? どうしたの?」 一向に何の反応も返してくれない麻穂さんの顔を覗き込むと、ハッとしたように俺と視線を合わせてくれる。でも、その瞬間から麻穂さんの顔が一気に赤く染まった。 「え……顔真っ赤……」 「あの……っ、今顔見ないでください……」 片手で自分の顔を覆いながら、もう片方の手を俺の顔の前に広げて視線を遮ろうとしている。 「ーーごめん。麻穂さんのお願いでも、それは無理かも」 俺の顔の前にある彼女の手に自分の指を絡めて、テーブルにそっと下ろす。そのまま、もう片方の手にも腕を伸ばして顔を隠せないようにすると、耳まで真っ赤になっている麻穂さんと目が合った。 「麻穂さん、可愛い……」 恥ずかし過ぎてなのか、少しだけ麻穂さんの目が潤んでいる。 そんな顔見せられたら、キスしたくて堪らなくなる。ーーこんな衝動だって、初めてだ。 「ーーご飯まだ残ってるし、食べよっか」 このままだと、ここが店内な事も忘れて衝動のままに行動してしまいそうで、空気を変えるように笑うと、少しホッとしたような拍子抜けしたような麻穂さんは、そうですねと頷いている。 今行動しても、きっと麻穂さんを戸惑わせるだけ。 今日のところは、麻穂さんを好きだってちゃんと自覚できた事と、彼女もそんなに嫌がってるわけじゃ無さそうだと分かっただけで十分だ。 「……覚悟してね」 俺、本気で麻穂さんを掴まえるって決めたから。 何も気付かずに食事を続ける麻穂さんを見つめながら、初めての感情を噛み締めていた。
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