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5話
本気で麻穂さんを掴まえるーーそう決意したものの、一体どうすればいいのか分からずに頭を悩ませる。
「今までは向こうから来てくれてたからなー」
それだって、遊び相手として声がかかっていただけ。
いざ自分が本気で相手を手に入れたいと思うと、今までの経験なんて何にも役に立たなくて、ため息しか出てこない。
「ん?」
熱帯夜の暑さをクーラーで凌ぎながら、ベッドに横になって何気なくスマホで検索をかけていると、来週近所で花火大会があるという情報が目に入った。
花火大会か。こういう季節のイベントは、自分は特別かもと勘違いさせる原因になりそうで避けていたものの1つ。これまで女の子と行ったことは一度もないし、花火大会自体もう何年も行ってない。
「花火大会か……夜なら、仕事あっても行ってくれるかな」
誘うなら早めがいい。他に予定が入って断られたら嫌だ。
時計を確認して、すぐ麻穂さんに電話をかける。この時間なら、まだ大丈夫なはず。
「……はい、もしもし?」
数回の呼び出し音の後、どこか不思議そうな声で麻穂さんが電話に出た。
「あ、麻穂さん? こんな時間にごめん。今大丈夫だった?」
「大丈夫ですけど……何かありました?」
「何かないと電話したらダメなの?」
「そういうわけじゃないんですけど、急だったので何かあったのかなって」
「何かあったってわけじゃないんだけどさ。麻穂さん、来週の金曜日の夜って空いてる?」
「金曜日の夜……?」
顔が見えてるわけじゃないけど、何となく麻穂さんがどんな表情をしているのか分かる気がする。
きっと、何で予定を聞かれているのか分からなくて、きょとんとしてるんだろうな。
「えっと……そうですね。特に予定は無いですけど」
「その日仕事休み?」
「はい」
「次の日は?」
「次の日は……あ、お休みですね。丁度お盆期間に入るので。それがどうかしたんですか?」
当日も休みで、翌日も休みか。願ったり叶ったりだ。
「ねえ麻穂さん。来週の金曜日、うちの近所で花火大会があるからデートしようよ」
「え? デートの約束は果たしたと思うんですが」
「デートは1回だけなんて言ってないよ?」
予想通りの言葉に用意していた言葉を返すと、麻穂さんが一瞬黙り込んだ後、ズルい……と小さく文句を言うのが聞こえた。
ズルいと言われようが、俺は引き下がるつもりはない。
「というわけで、花火大会一緒に行こうよ」
「というわけでって……私を誘わなくても、他にいっぱい誘う相手いるでしょう?」
「俺は、麻穂さんと行きたいから誘ってるんだよ。それとも、麻穂さんは俺と行くの嫌? 誘ったら迷惑?」
「そんなことは、ないですけど……」
「じゃあ、一緒に行こ? 俺、麻穂さんの浴衣姿見たいなあ」
ちゃっかり自分の願望も伝えてみる。絶対可愛いと思うんだよな。浴衣着てる麻穂さん。
「浴衣で花火大会なんて、まるで……」
「ん? 何か言った?」
「いえ……何でもないです。ーー来週の金曜日でいいんですね?」
「行ってくれるの?」
「断ったところで無駄なんでしょう? それに……」
「それに?」
「たまには、夏らしいことをしてみるのもいいのかなって」
「やった」
俺が喜んでいると、電話の向こうで麻穂さんが苦笑している気配がする。
彼女からしたら、仕方がなくOKしたのかも知れないけど、今はそれでもいい。同じ時間を過ごすっていうのが、きっと大事だと思うから。
「ただ、浴衣は着ていけるか分かりませんよ」
「えー。見たい」
「見たいって言われても、私は1人では着られないですし……姉がいれば大丈夫ですけど、金曜の夜は帰ってくるのが遅い人なので」
浴衣着るのって1人じゃ難しいのか。確かに、帯とか大変そうだもんなあ。
「じゃあ、着させてくれる人がいたら着てくれる?」
「それは、まあ……」
「分かった。浴衣着させられる人探しとく」
「何もそこまでしなくても」
「そこまでするよ。麻穂さんの浴衣姿見たいし」
その隣を、俺が歩きたい。
「ーー本当に、変な人ですね。私の浴衣姿なんてって思うのに、そんな風に言われたら……」
「麻穂さん?」
彼女の声のトーンが沈んだ気がして、ちょっと強引だったかと焦ったけど、次の瞬間には元の麻穂さんの声に戻っていた。
気のせい、だったか?
「着させてくれる人がいなければ、諦めてくださいね?」
「んー……その時は、俺がどうにかして着させるのもありかな」
「馬鹿な事言ってないで、もう寝ますよ」
「え、もうそんな時間?」
「そんな時間です。夏休みだからって生活リズム崩すと、休み明けがしんどいですよ」
「はあ……仕方がない。今日は言うこと聞きますか」
本当はもっと話をしていたいけど、明日も仕事なんであろう彼女に無理をさせたいわけじゃない。
おやすみの挨拶を交わして電話を切ると、今取り付けたデートの約束に顔がニヤけてくる。
とりあえず、浴衣を着付けてくれる人を探さないといけないな。
「男は絶対却下だから、女性で探さないとだけど……」
大学の知り合いで何人か心当たりはある。
「問題は、協力してくれるかどうかだな」
ここで悩んでても仕方ない。明日大学行ってみるか。サークル活動で学内にいるだろうし。
大学に行けば、麻穂さんにも会えるなーーそう思って、少しだけ浮かれた気分で俺は眠りについた。
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