2話

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2話

翌日、昼休みになると同時に、俺は第二図書室へと足早に向かった。その手に一枚のストールを握りしめて。 昨日、どうやらあれからすぐに眠ってしまったらしく、気付いた時にはもうあの人はいなくなっていた。その代わりというと変だけど、次の講義の時間が近付いてるのに気付いて立ち上がった時、俺の体からこのストールが滑り落ちてきた。 多分、あの人がかけてくれたんだろう。それ以外考えられないし。 管理を任されているとは言っていたけど、今日もいるとは限らない。それでも俺は、あの人が今日も第二図書室にいる気がしている。 「――お邪魔しまーす……」 古いから建付けが悪くなっているのか、昨日よりも動きにくい引き戸を開けると、中はシーンと静まり返っている。 一見誰も居ないと思ってしまいそうだけど、少し中に入ると昨日と同じ場所に女性の後ろ姿が見えた。 黒い髪のサラサラなロングヘア。間違いなく、昨日のあの人だ。 「あのー」 「……」 後ろから呼びかけてみても、読書中の彼女は本の世界に入り込んでいるのか、全く反応がない。仕方なく今度は名前を呼ぼうとして、もう一度開けた口をすぐに閉じた。 そういえば、俺この人の名前知らないんだよな。大学の職員なんだったら調べておけばよかった。 「あの……おねーさん!」 「っ……な、何なんですか……?! 耳元で大声出さないで下さい……っ」 あまりにも気付いてもらえなさ過ぎて、本を読み続けている彼女に思いっきり近付いて耳元で呼びかけると、ビクッと体を震わせ持っていた本が手から滑り落ちる。 心底驚いた表情ですぐに俺の方を振り返った彼女は、顔を見るなり少し目を見開いた。何で俺がここにいるのか疑問に思っていそうな表情だ。 「脅かしてごめんなさい。でも、呼びかけたのに全然俺に気付いてくれないから」 「そうでしたか。それはすみません。――それで、私に何か用事ですか?」 「これ……昨日、このストールかけてくれましたよね?」 「ああ。はい、私です。少し強めに冷房がかかっているので、定期試験前に風邪をひいたらいけないと。もしかして、態々それを?」 「無いと困るでしょ? それから――はい。これはそのお礼です」 ストールと一緒に持っていた小さな紙袋を手渡す。中には、女性が好きそうな甘いお菓子が入っている。 「お礼なんて別に……」 「俺は甘いもの食べないから、お姉さんが貰ってくれないと困るんですけど」 「……分かりました。有難く頂きます。――ところで、そのお姉さんという呼び方なんとかなりませんか? 一応ここの職員ですし……」 「じゃあ、名前教えてください」 「蔵石です」 「下の名前は?」 「え? えっと、麻穂ですけど……?」 まさか下の名前まで聞かれると思わなかったのか、少し怪訝そうな表情で教えてくれた彼女に、俺はにっこりと笑顔を作って見せた。 「俺は経済学部3回生の金子圭介です。よろしくね、麻穂さん」 「何で下の名前で……」 「そうだ。こういうの女性に聞くのは失礼だって分かってるんですけど、もう一つ聞いてもいいですか?」 言葉を遮るように発言した俺に対して溜め息を吐いた彼女は、どうぞ、と受け入れてくれた。 「麻穂さん、俺と年齢近そうに見えるんだけど何歳ですか?」 「26歳ですけど……」 「26……?!」 俺より6歳も年上かよ……全然見えない。同い年でも余裕で通るだろ。 「あの、もういいでしょうか。続き読みたいので」 「あ、はい。どうぞ……」 いつの間にか手に持っていた本を見せられて、渋々頷く。 ちぇ。俺と話すより本の方がいいとか、なんか悔しいんだけど。 「……」 昨日と同じように、本を読み始めた麻穂さんの向かいの席に腰を下ろして、今日も彼女の表情を観察する。 さっき全然笑ってくれなかったなー。クスリともせず、愛想笑いすらなかった。 だけど今は――また、本を読みながら優しく微笑んでいる。 「――ねえ、麻穂さん」 「……」 「ねえってば」 「……はあ。何ですか?」 「その本、そんなに面白い?」 「え?」 意外なことを聞かれたみたいに、麻穂さんは少し目を丸くしている。 「だって麻穂さん、昨日も今日もその本読みながら笑ってるから」 「……私、笑ってましたか?」 俺が頷くと、そうですか……とだけ言って、麻穂さんは少し顔を俯かせた。それに合わせて流れた髪の毛の間から見える耳が、少し赤くなっているような気がする。 「麻穂さん? おーい」 「……昔から、本を読むと周りが見えなくなっちゃう自覚はあったけど、まさか笑ってるなんて……」 「今まで誰にも言われなかったの?」 「本を読むのは、大体1人の時なので……」 「てことは……」 多分俺だけが知っているってことだ。 それに気付いて気分良くなっていると、麻穂さんが時計を見てハッとした表情になった。 「私もう戻りますね」 「え、もう?」 「ちょっと頼まれごとがあるので。今日もお昼寝するなら、ストール置いて行きますけど……」 「あー……じゃあ、借ります」 「どうぞ」 返したはずのストールを受け取りながら、これを返すためにまた明日ここに来るのが楽しみだと思ってしまっていた。
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