4話

2/6
755人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ
夜になって、約束通り麻穂さんへ電話をかけようとスマホを手に取った。ちょっとだけ緊張しながら、教えてもらったばかりの番号にコールする。 「……はい、もしもし?」 呼び出し音が数回なった所で電話を取った麻穂さんの声は、聴き慣れているはずなのに電話越しのせいかちょっとだけいつもと違うように感じる。 「あ、もしもし。麻穂さん? 俺だけど」 「……オレオレ詐欺ですか?」 「何でだよ! ちゃんと名前表示されてたでしょ」 「……冗談ですよ」 電話越しだけど、彼女がちょっとだけ笑っている気配を感じる。 麻穂さんが冗談を言うなんて初めてじゃないか?家にいるからリラックスしてんのかな。それとも、俺が相手だから……とか? 「そんなこと言って俺を揶揄うなんて、麻穂さん酷いなー」 分かりやすく拗ねたように言うと、本気じゃないのが分かっているのか、まだ少し笑いながら「ごめんなさい」と謝っている。 「しょうがないから許してあげるよ。でさ、デートいつがいい? てかさ、学生が夏休みの間って大学の図書館って仕事あるの?」 「ありますよ。休みの間も図書館は開いてますし、蔵書の点検とか次の企画展示の準備とか、意外とバタバタすることも多いです」 「へえー。全然知らなかった。大学休みだし、誰も図書館の利用とかしなさそうなのに」 「そうでもないですよ? 例えば、高校生が受験勉強で利用したりもしますしね。ただ、時間は短縮されてますし、お盆期間はお休みですね」 なるほどなー。 サークルとかも入ってないし、夏休みに大学に行く機会なんて無いから全然知らなかった。 「じゃあ、麻穂さんの都合のいい日に合わせるよ。俺はいつでも大丈夫だし」 「帰省したりしないんですか?」 「あー……うん……しないよ。帰っても別にやることないしね」 「ご両親は顔ぐらい見たいんじゃ……」 「いや……あの人達に限ってそれはないよ。――そんなことより! デートいつがいい? 麻穂さんの休みはいつ?」 「えっと、そうですね……ちょっと待ってください」 電話越しに紙をペラペラと捲る音が聞こえてくる。 「次の休みが来週の月曜日なので、そこはどうですか?」 「月曜……」 夏休みに入ってすぐかー。 すぐに会えるのは嬉しいけど、早く終わってしまうのも惜しいような……もしかして麻穂さん、俺とのデートさっさと終わらせようと思ってんのかな。 ……いや、待てよ。そういや俺、別にデート1回だけなんて言ってないな。 盲点とも言える事に気付いて思わず口角を上げながら、電話の向こうの麻穂さんに月曜日デート決定を伝える。 「何処か行きたい所ある? その日は何もイベントとかなさげだから、麻穂さんの行きたい所があればそこ行こ」 「行きたい所ですか? これと言って特には……」 だと思った。麻穂さんが興味持ってくれそうな場所調べといて正解だったな。 「じゃあさ、ブックカフェ行かない?」 「ブックカフェ?」 「そう。カフェなんだけど本がいっぱい置いてあって、借りて読むことも出来るし買う事も出来るんだって。カフェだからもちろん食事も出来るよ」 「そんな所があるんですか……?!」 予想以上の食いつきっぷりだ。本読むの好きなのに、ブックカフェの存在知らなかったのかな。 「もしかして、ブックカフェ知らなかった?」 「あ……私、基本的に休日も1人で家に居ることが多いので……カフェとか、そういう誰かと行くような場所の事は詳しくないんです」 本格的なインドア派だなー。でも、麻穂さんの初めてが俺とっていうのは嬉しいかも。 「そこのカフェは個室だからさ、麻穂さんも安心して本が読めると思うよ」 「そうなんですね」 明らかにホッとしてそうな声音に、個室のブックカフェを探しまくって良かったと安堵する。 本を読んでる時に表情がコロコロ変わるところ、本人はあんまり良いことだと思って無さそうだったもんな。まあ、単純に俺が他のやつに見せたくないっていうのもあるんだけど。 「じゃあ、そこで決定。1日そこで過ごしてもいいし、飽きたらどっか別の所に移動してもいいし、そこは麻穂さんに合わせるから」 「あの……それ、あなたは楽しいんでしょうか? 全部私に合わせてもらっているような……」 「心配しなくても、俺も楽しいと思うよ? だって、コロコロ変わる麻穂さんの顔、時間気にせず眺めてられるし」 「もう……またあなたはそうやって揶揄って……」 少しだけ口調は怒っているけど、怒ってるというより恥ずかしがっているっていうのが何となく分かる。 別に揶揄ってるわけじゃなくて本気で言ってるんだけどな。いつもは、昼休みの短い時間だけだから。 「そんな拗ねないでよ。揶揄ってるわけじゃないしさー。――あ、もうこんな時間か」 時計を見ると、30分ぐらい電話で話してることに驚いた。誰かとこんなに長く電話で話したのは初めてかもしれない。 女の子とデートの約束をする時も、今までだったら5分ぐらいで終わってたのに。 「麻穂さん、そろそろ寝る?」 「そうですね。明日も仕事ですし」 「そっか……じゃあ、この辺にしとく。おやすみ、麻穂さん。月曜日楽しみにしてるから」 「はい。おやすみなさい」 麻穂さんの優しい声で穏やかにおやすみを言われたからか、電話を切ると不思議な程に眠たくなってきた。 きっと今頃麻穂さんもベッドに入ってるんだろうな……そんな事を思いながら、眠気に誘われるままに目を閉じた。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!