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「夏の思い出を、一人ひとつ以上話そうよ。恋バナ大歓迎!」
サークルメンバーの誰かが言い出した。夏も終わりの8月の末。大学3年の僕たちにとって、学生気分を味わえる最後の夏になるはずだった今年。テニスサークルのイベントは中止になり長雨も重なって、夏らしいにぎやかな体験はできずに終わりそうだった。せめて、他人の話を聞いて夏気分を共有し、盛り上がろうということらしい。アイデアはなかなかいいが、僕は話そうという気にはならなかった。
「バイトが入っているから帰るよ。またな。」
嘘も方便で場の空気を壊さないように席をはずす。
「ずるいぞー。恋バナ聞かせろよ。」
「そんなもん、ないよっ‼︎」
そうなのだ。恋バナどころか、夏にはろくな思い出がない。
大学の正門を出ると、日中の暑さはどうにかおさまってはいるが、空気がじっとり生暖かい。
夕飯の弁当でも買って早くアパートでまったりしよう。僕は商店街に向かって歩き出した。
住宅街を十分ほど歩く、時々夕飯の匂いがもれてくると、お腹が空いていることを自覚させられる。少し歩くペースを早めようかと考えていた時だ。後ろから声がした。
「あの。同じ大学の者です。あなた宛に預かっている物があります。一緒に来てもらえませんか?」
振り返ると、人懐っこそうな学生が立っている。面識のない顔だ。学部が違うのだろうか。同じ大学とはいえ、知らない奴にふらふらとついて行ってもいいものか。
「すぐそこの、お寺の住職の所までついてきて下さい。」
目的のお寺は近くだ。預かっている物が気になり、ついて行くことにしてしまった。
ーまあいいか。悪い奴じゃなさそうだ。
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