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彼について行くと、細い路地に入りちょっと開けた場所に着いた。どうやらお寺の裏手らしい。数年ここに住んでいるがこんな場所があるなんて知らなかった。もっと早く知っていれば、いい散歩コースになったのにと残念に思う。
お寺を囲っている木々だろう林の中に、獣道のようなところを見つけた彼は、僕を呼ぶ。
「こっちだよ。」
ワクワク顔の彼は、小学生のころに飼っていた愛犬チロを思い出させた。ひと夏の思い出話をしようなんて誰かがいうからだと不本意に思う。
近所の蓮の池を友人達と探検した夏休み。チロも嬉しそうについてきて、こっちだよというように僕のリードを引っ張った。
大好きだったのに、僕はチロを蓮の池に置いてきてしまったのだ。
それ以来、夏になるといつも思い出して、夏が苦手になった。だから、僕の夏の思い出はろくなものではないのだ。
木々の間を抜けると、こじんまりとした池があり、雑草が生い茂ってないところを見ると手入れされているのだろう。
「見て!鯉がいるよ。あの大きいの、人面魚じゃない?」
彼が指差したのは、色の輪郭がはっきりしない黄色と黒の鯉。鯉は我関せずと僕の前を悠然と横切る。
「惜しいけど、違うだろ。」
「そうかなぁ。顔の形に見えるんだけどなあ。」
残念そうに彼が言った。
「そう言えば、名前聞いてなかったな。なんて呼べばいい?」
たずねると、彼はいたずら顔で答えた。
「後でね。それよりついて来て!素敵な場所があるんだ。」
うまくかわされた感じがするが、教えてくれる気はあるらしい。
夕方の木陰を抜けてくる風はどこかひんやりしていて気持ちがよかった。秋はここに隠れているのかもしれない。
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