戻らないもの

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あの日から、加地くんと先生の話をするのは初めてだった。 お互いに気を使って話題に出さなかったからかもしれない。先生の話はどんな会話にも出てこなかった。 加地くんは驚いたように立ち止まって、あたしの手首を掴んだ。 「…戻って来るんだよな?」 不安気に揺れる目が、加地くんの気持ちを表してた。 もしもあたしが加地くんのところに戻ってこなかったらって、きっとそんなことを考えてるんだろう。 すぐにハッキリと頷けないのは、あたしもどこか迷っているから。 「俺、信じて待ってていいよな?」 無理やり閉じ込めようとしてる気持ちが、先生に会って、話して、溢れて出てこないだろうか。 消えるものじゃない。 きっとこの気持ちは一生、何があったってなくならないものだから。 問題はそれをしまい込んだまま先生と話して、終わらせられるかってこと。 「…大丈夫だよ」 加地くんの言葉に精一杯頷いて、改めて自分に言い聞かせる。 加地くんに嘘を付かないためにも、笑顔で終わらせようって。 「ちゃんと戻るから、待ってて」 先生がいない場所ではこんな風に思えても、いざ会うとそんなものも崩れちゃうんだろうな。 それが分かってるから、怖い。 もしかしたら加地くんを傷つけてしまうかもしれないって。 そんな道を自ら選んでしまいそうで。 「…分かった、待ってる」 だけど、そんなことを言ったら加地くんは不安になるから。 大丈夫だよって。心配いらないからって。 あたしが道を間違えないように、待っててもらえるように。 …この気持ちは、絶対に加地くんには言わないようにするから。
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