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「家族と過ごしていたにしては、絵の中に人物が登場しませんね」
隣から、読後の感想を待ち構えている圧を感じて、無難なところを口にした。
「そう。唯一登場したのが、棒人間。これってね、自分や他人……人間一般に関心の薄い子が描く傾向があるんです」
大橋先生は、大学は心理学部出身で、児童心理学にも造詣が深い。
「でも、日記の方は、ほとんど家族と『ああしたこうした』って内容ですよ」
「だから、なんかアンバランスで……」
腑に落ちない、という彼の違和感に、応える知識がないのが歯がゆい。俺は、なんとはなしに壁のホワイトボードの日程表を眺めた。
「……あれっ?」
スマホを出して、メールの確認をする。やっぱり――。
「8月15日って、雨じゃないですよ。俺、その日、姉夫婦と墓参りに行きましたから」
俺達は、思わず互いの顔を見合わせた。
「これ……もしかして、全部嘘なんじゃないですか?」
「そーいう子、いますよね。夏休みの最終日に慌ててまとめ書きして、天気とか適当に書いちゃう奴」
「だとしたら、わざわざ天気にリンクした内容を書きますかねぇ」
パラパラと絵日記を捲っていた大橋先生は、突然手を止めた。
「風間先生、久保田の親御さんと個人面談しましたよね?」
かつての一大行事、家庭訪問は、昨今の家庭事情を取り巻く変化に伴い、学校に来てもらう個人面談という形態になった。例年5月の連休明けに行うが、今年はコロナの影響でのびのびになり、夏休み直前に強行したのだ。
「はい、母親と会ってます。家庭での状況は、特に問題はない印象でしたが」
確か、やや茶色の髪に水色のチュニック、白いワイドパンツ、という飾らないスタイルだった。鼻の形が母子そっくりだったっけ。
「今日、久保田の様子におかしなところはありませんでしたか?」
「あ、実は……」
昼間のことを話し終えると、大橋先生は厳しい目つきで、久保田の絵日記帳をもう一度開いた。
「風間先生、いいですか? ここ……」
彼が指し示した文字に、サッと俺の血の気が引いた。
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