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思い出したくもない夏
翌日、通常通り授業を終えた放課後、カウンセリングルームに、久保田を連れて行った。
スクールカウンセラーの井坂先生に急遽時間を作ってもらい、大橋先生も同席した。
カウンセリングルームは、子ども達の緊張を和らげるように、他の教室とは違い、ミントグリーンの壁紙に、少し大きめのソファが置かれている。もちろん、井坂先生が執務をこなすための事務机もあるが、全体的に休憩室みたいな雰囲気だ。
大人3人の存在に驚いたのか、ソファに座った久保田は、俯いて両手を膝の上で握っている。俺は、少し離れてソファに座った。
「あのな、お前の絵日記読んだんだ」
小さな肩がピクッと動いた。
「話づらいこともあるかもしれないけれど、俺達は久保田の味方だ。分かるな?」
手がギュッと、更に強く握られた。指先が白い。
「『毎日たたかれる。たすけて』――そう言いたかったんだろ」
単刀直入に尋ねると、ポロッと滴が手の甲に落ちた。その後も、彼は無言で、けれども涙の粒は次々に降った。
「ねぇ、久保田君。絵日記に書くの、勇気がいったね。君は仮面ライダーと同じ、強い子だ」
いつの間にか井坂先生は、ティッシュボックスを持ってやって来ると、久保田の正面にしゃがんで、彼を見上げた。
「命を守るのは、正しいことなんだよ」
鼻水を垂らしながら、久保田はわっと泣き出した。身体的及び性的に被虐された場合、恐怖や嫌悪感を喚起するので、身体接触は不適切だと研修で習ったけれど――俺は堪らなくなって、横から彼を強く抱いた。どれだけの不当な苦痛を、この小さな身体が受け止めてきたのか。吐き出せない叫びを、胸の中に飲み込んできたのか。彼が泣き止むまで、強張って震える身体を抱きしめた。
「久保田君、何があったのか教えてくれるかい? つらくても、ちゃんと話してくれたら、君のお父さんとお母さんも助けることができるんだ」
井坂先生が、優しく話しかける。涙と鼻水を拭いたティッシュを握ったまま、真っ赤な瞳が正面の井坂先生をジッと見て、それから俺を見詰めた。
「先生……助けて。美羽が死んじゃう……!」
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