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「失礼します」
約束通り、放課後の掃除が終わると、久保田は職員室に現れた。
「お前さ、他の提出物は全部持ってきたのに、絵日記だけ忘れたのか?」
「いえ、あの……これ」
俯き加減に差し出してきたのは、オレンジの花の写真が表紙の「えにっき帳」。下部の名前欄には「4年2組 久保田晃」と、たどたどしい文字が踊っている。
「あ? なんだ、持って来ていたのか」
提出時には見つからなかったのか……ランドセルの底にでも入っていたのだろうか?
「はい……あの、風間先生」
切り出しにくそうに、俺の名を呼ぶ。彼は、おずおずと上目遣いでこちらの様子を伺っている。
「うん?」
「これ、いつ見ますか」
「いつってもなぁ……今日は、この後職員会議があるし……週末辺りかなぁ」
どうせ持ち帰りの仕事になる。夏休み明けは、生徒に取っても憂鬱な日々の開始かもしれんが、教師に取ってもオーバーワークに拍車がかかる激務のスタートだ。アイドリングなんか許しちゃくれない。
「週末……そう、ですか……」
眉尻が下がり、明らかに落胆した表情になった。
「どうした?」
「あのっ、これ、できるだけ早く読んでもらえませんか? お願いします!」
「うん? あ、まぁ……なるべくな」
彼の態度を不審にさせる、そんな大層な内容が書かれているのだろうか。訝しみながら、安請け合いしない程度の返事をする。
「ありがとうございます」
「おぅ……それじゃ、気を付けて帰れよ、久保田」
「はい」
ペコリと一礼して、彼は出て行った。壁の時計は16:33。40分から、夏休み明け定例の職員会議だ。俺は久保田の絵日記帳を、今朝回収して机の上に積み上げたままの提出物の山の上に置くと、慌てて職員用トイレに向かった。
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