白桃の香

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「どうぞ入って」  奈緒子は自転車を停めると、玄関のガラス戸を開けて家にはいる。外の日差しに比べると中は少し暗い。 「お邪魔します」  土間にサンダルをそろえて置くと、奈緒子は中へ入っていく。ヒロトがふすまを開けて、座敷に通してくれた。 「適当なところに座って」  炎天下の中、自転車を走らせた奈緒子の顔は上気している。いつもは肩にかかる髪を下ろしているのだが、今日はバレッタで髪をアップにしている。座敷はエアコンはついていないが、裏の用水から入る風は涼しく、扇風機だけでも暑さはしのげる。奈緒子がいぐさの座布団に座ると、ヒロトが麦茶を出してくれた。 「ありがとう。暑いときは麦茶が一番のご馳走だよね」 軒先につるした南部風鈴がチリンチリンと鳴っている。座卓の上には、レポート用の日本文学関係の本が数冊置かれていた。 「これ、参考になりそうな本をそろえておいたから」 「うん、ありがとう」  奈緒子は本をパラパラとめくりながら気になる箇所に付箋をつける。持ってきたノートパソコンを開くと、必要になりそうな部分を入力していく。  その間、ヒロトは自分の論文の資料を読んでいたが、どこか気もそぞろな様子だ。 「奈緒子、レポートはもうできそう?」  呼ばれて、パソコンの時間を見るとあれから2時間は経っている。日差しも一番暑い時間帯は過ぎて、少し陰ってきている。 「うん、もう目処はついた感じーー」 「それじゃ、休憩にしよう」  ヒロトは台所から、お皿にのせた白桃とナイフを持ってきて、隣に座った。 「うちの実家から白桃送ってきたんだ。食べよう」  出された白桃を見て奈緒子は嬉しそうな顔をする。 「白桃って高いから、なかなか食べる機会ないよね」 「そうなの?実家のあたりには生産農家が沢山あるから、選果もれしたのをもらうことがあって、おやつによく食べたんだ。でも、今日のはちょっといいやつ」 目の前に白桃が置かれたので、奈緒子は果物ナイフを取ろうとするが、ヒロトにとどめられる。 「この桃、よく熟してるから、手で皮が剥けると思う」  ほどよく冷えた白桃は、白い表皮にほんのりとピンク色がさしている。奈緒子が桃の皮を引っ張るとするりと皮が剥けていく。半分ほど剥いていくと、辺りには熟れた白桃の香りが広がっていく。
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