白桃の香

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 ーーミーン、ミーン、ミーン  蝉の鳴き声がうるさい。うだるような暑さの中、奈緒子は自転車を走らせる。白い木綿のワンピースの裾が風に揺れる。大学から自転車で10分、ヒロトの家は山際の緑豊かな場所にある。ヒロトは国文学科の先輩で大学院生だ。奈緒子は彼と付き合い始めて3ヶ月ーー今日は彼の家で、夏休みのレポートを仕上げる予定にしている。ヒロトの住む家は、彼の叔父夫妻の家なのだが、海外へ赴任中のため、家の管理がてら、住まわせてもらっている。    古い門構えの家は、マンションやコーポにしか住んだことのない奈緒子には新鮮に見える。生け垣の途切れたところが入り口になっていて、自転車を押して庭先に入る。その音を聞きつけたのか、ヒロトが縁側から顔を出す。 「場所すぐわかった?」  「地図があったから、すぐわかったよ」  ヒロトはイマドキの若者というよりは穏やかな顔立ちの和風顔で、クセのない黒髪と黒いフレームのメガネはいかにも文学を研究している雰囲気だ。初めて会った時、奈緒子はヒロトを大学の講師と勘違いして、笑われてしまった。でも、今日のヒロトはいつもと違ってTシャツに短パンというくだけた格好をしているので、いつもよりちょっと若く見える。
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