3.ようこそ文芸部へ

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 渡瀬の意外な言葉に下尾は目を瞬いた。 「いや、確かにいつも手伝ってくれるし、気が付くほうだと思うが」 「そーゆー意味じゃないんだけど」 「じゃあ、どういう意味だ?」  別にプライベートで会うことはないし、特別仲がいいというわけでもない。 「まぁいいや。俺、そろそろ帰る」  渡瀬は手元の時計を見た。   「まだ、部活は終わってないぞ」 「無茶言うなよ。今日はちょっと見に来ただけだ。もともと用事があったし」 「そうか」  確かに、顔だけでも出してくれたのは大きい。数日前は、幽霊部員だったんだから。 「おまえ、明日の昼のこと覚えてるよな?」 「一緒に飯、だろ? それ、本気なのか? 俺はおまえとクラスも違うし」 「俺ならいくらでも聞いてやるぜ、本の話」  渡瀬はいきなり肩を組んできて、耳元でささやいた。 「別に俺は誰かと話したいわけじゃ」 「うそつけ。本当は新刊の話もしたいんだろ」 「そ、それは」  さっき同じ本を読んでいると聞いてしまったからには、本の感想を聞いてみたいと思っていた。今まで、南遼太郎のことで語り合える間柄なんて、せいぜい徳道くらいしかいなかった。正直、嬉しくてたまらないが、それを見透かされているのは、どうも癪に障る。 「来てよかったよ、今日」 「そうか?」 「ああ、おまえの意外な一面が見れた」 「だからそれは……」  その先は言わなくてもわかってる、と言わんばかりに渡瀬は下尾の肩をぽんぽんと叩く。なんだか憎たらしくてたまらないのだが、正直、今の時間が楽しかったのは事実なので否定できない。 「焦んなくていいよ。俺はいくらでも付き合うから。じゃあ明日」 「ああ、またな」  部室を出ていく渡瀬に部員たちが「さようなら」と小さく声をかける。  一人いなくなっただけなのに、部室に静寂が訪れた。こんなに静かだっただろうか。渡瀬一人がいないだけで、急に色が消えたみたいだ。 「部長、あの……」 「ああ、なんだ?」  一年生に声をかけられ、振り向く。 「できたところまでの下読み、お願いしたいんですが」 「わかった」  渡されたレポート用紙を片手に空いている席に座り、規則正しく並べられた文字を目で追う。  後輩の小説の下読みなんて慣れているはずなのに、気持ちが高揚しているせいか、今日は文字が滑っていくのを感じる。 「悪い。これ持ち帰って明日感想伝えてもいいか?」 「はい。大丈夫です。よろしくお願いします」 丁寧に頭を下げる後輩に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。     下尾が今まで過ごしてきた日常は、色がついていない無色な世界だったのだと気づいてしまった瞬間だった。
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