4.二人の距離はゼロ

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4.二人の距離はゼロ

 下尾は二つの弁当箱を抱えて屋上に続く階段をあがっていた。  屋上の扉は飛び出たカギのせいで2センチほどの隙間が空いているので、すでに先客は来ているとわかる。扉を開けると、柵に両腕をのせて遠くを見つめている渡瀬がいた。 「早いな」  歩きながら声をかけると、渡瀬はひらひらと手を振り、反対の手で持っていたコーヒー牛乳のパックを二つ、持ち上げて見せた。一つは自分の、そして一つは下尾の分だ。  近づいた下尾は差し出されたコーヒー牛乳と引き換えに、持っていた弁当のひとつを渡瀬に手渡した。 「今日は唐揚弁当だ」 「やった」  弁当のおかずは唐揚げが好きだという渡瀬は嬉しそうに笑った。  渡瀬と一緒に昼ごはんを屋上で食べるようになって、一か月が経過していた。最初こそ、どうして一緒に昼飯を食べることになったんだと渋々だったが、文芸部の部室で渡瀬と本の話で盛り上がってから、その翌日、下尾が渡瀬に、そして渡瀬もまた下尾にに自分の本を貸そうと持参していた。そしてその次の日は貸した本の話で盛り上がり、そうじゃなくても最近自分が読んだ本の話題で盛り上がるっている。一方的に下尾が話すだけではなく、渡瀬もまた自分の意見を話し、二人は一緒にいる間の会話が尽きることなく、を今日に至る。  渡瀬と自分は住む世界が違う人間と思っていたので意外だった。渡瀬は本当に様々なジャンルの本を読んでいた。文芸部にもそれなりに本を読む部員はいるが、その読書量は比べものにならない。下尾の好きな歴史小説だけでなく、いろんな本の話をした。渡瀬は作品のクオリティにうるさいが、自分のポリシーもちゃんと持っていて、聞いているだけでも勉強になった。持論を押し付けるだけじゃなく、ちゃんと下尾の話にも興味を持ってくれる。そんな渡瀬と過ごす時間は楽しかった。  そして今日もいつものように男二人並んで床に座り、弁当を食べながら、そのうち、どちらからともなく本の話を始めるのだ。 「はぁ、最高だな。下尾の母ちゃん料理うめぇな」 「伝えておく」  一緒に食べ始めた当初は売店のパンだった渡瀬だが、下尾の弁当をひとくち食べてからその味に惚れこみ、それを聞いた下尾の母が「一つも二つも同じだから」と今では渡瀬の分まで持たせるようになっていた。 「いつか、下尾家でメシ食いたいー」 「弁当で我慢しろ」  実は母から「今度ごはん食べにいらっしゃいって伝えてね」っと言われているが、それは内緒にしておく。絶対調子に乗ってすぐに行きたいと言いかねないからだ。 「文芸部はもう来ないのか?」  今日は下尾からいきなり本題を切り出した。渡瀬は、ふと箸を止めたが、すぐに唐揚げを口の中に運んでいる。
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