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「悪かったって謝りたいらしいぞ、楠本が」
実は昨日も楠本から、「次に渡瀬さんが来るのはいつですか?」と聞かれていた。あの日以来、渡瀬が文芸部に来ていない理由は自分にあると思っているらしい。真面目な楠本が考えそうなことだ。
「んー、別になんとも思ってないんだけどな」
「それならそう言ってやってくれ」
もともと下尾から見ても楠本は常識的な人間だ。あの日、渡瀬に詰め寄った楠本は、慣れない渡瀬の距離感に戸惑っただけだと想像できる。それでも謝りたいというのだから、本当に根が真面目な男だとつくづく思う。
「そもそも小説を書いて出せば、文芸部に行かなくても文句ないだろ」
「まぁ、それはそうだが、言っただろ。高校最後なんだから部活に顔を出せと、徳道先生も言っている」
「へぇへぇ、考えておきますわー。ごっそうさん」
食べ終えた弁当箱を雑に片付けて、渡瀬は屋上の床にごろんと横になる。もうその話は切り上げたいというオーラが渡瀬の全身から出ている。もちろん最初から快諾してくれるとは思っていない。文芸部に顔は出したくないのは楠本のことだけではないのも、下尾は理解しているつもりなので無理強いはしない。
「それはそれとしてもしかすると夏休み前、昼も部活に行くかもしれない」
「えー、なんでだよ!」
せっかく横になったところに突然、飛び起きたので、驚く。その声音はわかりやすく残念そうだったので思わず下尾は苦笑した。
「部員が多いのもあって、原稿のアドバイスが部活の時間だけでは追い付かないんだ」
「はぁ? なんでおまえがそんなことしなきゃいけないんだよ。他にも三年生はいるんだろ」
「まあぁ。一応、俺は最終選考まで残ってるから意見を聞きたいんだろう」
「そもそも人に意見聞く前に、まずは書きあげるところからだろ」
「そう言うなよ」
そんなに怒らなくても、とは思うが、渡瀬の言う意見も一理ある。だいたい小説を書くために、人のアドバイスは必要なものではない。誰の意見も聞かず、一人で書いている書き手のほうが多いだろう。
「だいたい、最初から自分だけの力でやろうって気がなさすぎやしないか」
「まあな」
「ちょっと過保護なんじゃないんですかー」
「そうかもな」
相槌は打っているけれど、下尾は必死で笑いをこらえていた。
「おーい、何がおかしいんだよ」
「いや、おまえは、よく口が回るなって」
「どこ見てんだよ」
「あと辛口だな、とか」
「普通だよ、普通!」
「それはないぞ」
口が悪いのは間違いないのだけれど、自分を心配してくれているのもわかる。わかるけれど、とにかく毒舌だ。そこがまた面白いと思ってしまうのだが。
「でもマジでさ、部員たちが人の意見聞かないと書けない人間になっちまうぞ」
「確かに、そういう考えもあるな」
「え、どうしたどうした。疲れたのか」
「は?」
下尾があっさりと認めたせいか、今度は瀬が驚いている。
「来年も楠本がこういう役割になるのかと思うと、心配なのは確かだ」
「なんだよ、結局、今後の部活のためかよ」
「一応部長だからな」
「出たよ出たよ。おまえってさ、無駄に責任感強いよな! 無駄に!」
「それはどうも」
素直にお礼を言ったつもりなのに、どうやら渡瀬の求めていた反応ではないらしく、ふくれっ面のままだ。それはそれで渡瀬の素直な反応が面白いなと思ってしまう。
「まぁ俺なんかに意見聞いても、最終選考止まりかもしれないけどな」
自虐気味に呟いたその言葉には、渡瀬の返事はなかった。
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