4.二人の距離はゼロ

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「洋モノとかそういうものはいらんが、もし迷惑じゃなかったら、甘えていいか」 「おう、来いよ。きっと俺の本棚は、お前が喜ぶような本もあると思うぞ」 「そっちのほうが楽しみかもしれないな」  渡瀬の日頃の話を聞いていると、家にはどれだけ本があるのだろうか、とわくわくしてしまう。間違いなく原稿より、そっちが気になっている。 「なぁ、渡瀬、文芸部にまた来てくれないか。今日ほどじゃないにしろ、おまえのアドバイスは的確だったと思うから」 「えー、バイト代出る?」 「なんだそれは」 「俺、今日だけで十人くらいアドバイスしたのにー」 「わかった、何かおごってやるってのはどうだ。コーヒー牛乳とか」  そう気軽に言いかけた下尾の唇に、ふと何かが触れた。それが渡瀬の唇だと気づくのに、数秒かかった。少し下から掬いあげるようにして顔が近づき、二人の唇は触れた。これはもしかして―― 「今日の分は、これでいいわ」 「な、おまえ、今、何を……」 これがキスだったと気づいて、一拍遅れて心臓がバクバクと鳴り始める。慌てて、制服の袖で唇を拭う。汚いと思ってるわけではない。けれどその感触が唇にまだ残っていて、一刻も早く消したかったのだ。 「じゃあなー」 「おい……」  周囲を慌てて見渡すが、あまりにもとっさの出来事に下校中の生徒は誰も気づいていないようだった。  キス、なんでキス?  もちろんキスという行為を知らないわけじゃない。もちろん経験はないけれど、いつか好きな相手と自然とそんな行為に及ぶことになるのだと勝手に思っていた。まさか、同級生の男とそうなるなんて思いもしない。  そして男の唇とは、こんなに柔らかいものだったのかと驚いている。人生で初のキス、いわゆるファーストキスを奪われたというのに、不思議と怒りの気持ちは芽生えてこなかった。  バイト代にキスってどういうことだ。そんな気軽に奪ったり、与えたりしていいものじゃないだろう。自分たちは男同士だ。キスなんてありえない。心臓はバクバクしっぱなしなのに、頭の中はぐるぐるする。  けれど思ったより、悪いものではなかったなんて思ってしまっているのは、きっと疲れているせいだ。
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