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「渡瀬って、あの渡瀬さんですよね」
廊下に出た途端、楠本が尋ねた。二年生にまでその名が轟いているとは、さすが有名人だけある。
「ああ、その渡瀬だ」
「文芸部なんてイメージどこにもないですね……」
「そうだな」
同じ三年生とはいえ、下尾は就職クラスで、渡瀬は進学クラスなので、まったく接点がなく、当然話をしたこともない。ただ渡瀬が校内で有名なので、下尾が一方的に知っているというだけだ。
「あの、よければ僕が行きましょうか?」
「楠本が?」
「なんか、噂通りの人なら、部長とは合わなさそうだなって思って……」
「そりゃ俺は女の噂とか無縁だからな」
「いえっ、そういうわけじゃ……! 部長は全然違いますよ! 男が憧れる男っていうか、良き先輩って感じで……」
自虐的な反応でからかっただけのつもりだったが、楠本は予想以上に慌てだした。
「冗談だ。大丈夫、まずは話をしてみる」
「あの、本当にそういう意味じゃないので」
「わかってるよ」
ぽん、と楠本の肩をたたくとまだ言い足りないのか、口をもごもごさせている。
「さっそくこれから屋上行ってくる。すんなり出してくれるとは思わないが」
「お願いします」
じゃあ、と階段に向かう下尾を、楠本はいつまでも心配そうな顔で見つめていた。
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