5.キスの数ほど

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 下尾はソファに座り、置いてあった文庫を手に取ってみる。開くと、最近発売された推理小説で下尾もまた気になっていた著作だ。 「それ、読んだら貸してやろうか」  数ページ、流し読みをしていると、渡瀬がトレイに麦茶を乗せてもってきた。ガラスの茶器には氷が浮いていて、いかにも涼しそうだ。 「面白かったか?」 「冒頭で、犯人わかっちゃってつまんねぇ。もうちょいうまくミスリードしてほしかった」 「まだ言うなよ」  渡瀬に渡された麦茶を飲みながら、すかさず言う。もうこの後、渡瀬がやりそうな行動は予想できる。以前、渡瀬から推理小説を借りたとき、最初に「犯人は、担任の教師だから」と言いながら渡されたという前科がある。しかも一回じゃない。 「え、言いたい。聞いてから読めばいいじゃん」 「そんなの面白くないだろ。絶対に言うなよ」 「もう言いそう。口から出ちゃいそう」 「耐えろ」 「じゃあ、俺の口、塞げば?」  隣に座った渡瀬は、下尾の目をまっすぐ見ながら言った。  挑戦的な眼差しはこちらの反応を試していて、、決してねだっているわけではない。 「塞がないと、犯人言っちゃうよ」  人差し指で、トントンと自分の唇を叩く仕草が何を意味しているのかはわかっている。誰もいない屋上、部室、そして帰宅途中の道、もう何度もこの唇を塞いだ。  下尾は体を渡瀬に近づけ、その唇に自分の唇を重ねた。今日は少しだけ冷たい。触れているその唇の温度の違いがわかるくらいには、何度もしてる。 「仕方ないから、言わないでおいてやるよ」  名残惜しそうに二人の唇が離れた瞬間、渡瀬は満足そうに笑って、下尾から文庫を受け取った。  あれ以来、二人がキスをすることは特別じゃなくなっていた。
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