5.キスの数ほど

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「すごい本の数だな」  下尾はその広い本棚に近づいた。下尾の背より少し高く、いくつもの棚にジャンルごとにまとめられていて、作家順に並んでいる。ハードカバー、文庫、中には建造物の写真集などもあり、バラエティに富んでいる。 「おまえ、A型か?」 「え、本棚見てわかる?」 「そりゃ、こんなに綺麗ならな」 「いつもはもっと散らかってる。でも絶対、おまえが本棚見ると思って、昨日、片づけてたんだ」 「気を遣わせたか、すまない」  下尾の言葉に、構わないよ、と渡瀬は笑って、持ったままだった唐揚げのタッパを部屋の中心にあるテーブルの上に置いた。実際、この部屋に来るまで本棚のことは忘れていたが、自分のために片付けたという言葉だけで、頬が緩む。 「ていうか、俺だけ見せるのはずるくね? おまえんちの本棚も見せろよ」 「それは構わないが、期待しているほど本は持ってないぞ。最近は、だいたい学校の図書室や、町の図書館で借りてるから」 「あ、家に行くのはいいんだ?」  渡瀬に言われて、家に来ることについて何も思っていなかったことに気づく。 「年の離れた妹と弟がいるからうるさいぞ。それでもいいなら」 「マジで? やった。楽しみ」  渡瀬は心から嬉しそうな顔をする。何がそんなに嬉しいのやら。 「本棚の本、好きなやつ、読んでいいぜ」 「いや、本はあとにする。せっかくだから少しでも原稿を進めておかないと」 「真面目だな」  楽しみは後でご褒美に残しておきたいだけなのだが、と思いつつ、下尾は床に直接座り、ノートと筆入れをテーブルに出し、書く準備を始めた。  8畳ほどの広さの部屋の中は本棚以外に、シンプルな机に椅子、そしてやや大きめのベッドと中央に正方形のテーブルが鎮座している。クローゼットにしまってあるのか、あまり部屋の中に物がない気がする。  渡瀬は隣に座り、目の前にある唐揚げの入ったタッパを開け、手づかみで1個を口に放り込んだ。 「うっま! なんだこれ、超うまい!」 「そうか、よかったな」 「あったかいとこんなにうまいのか。あー、下尾んちの息子に生まれたかった」 「渡瀬って一人っ子だっけ?」 「そう。なぁ、弟とか妹ってかわいい?」 「まぁ年が離れてるから喧嘩もしないしな」 「下尾と顔似てるのかな。会ってみたい!」  その言葉に下尾は目を丸くした。  下尾に兄弟がいることは知っていても、その弟や妹に会ってみたい、なんていう人間は初めてだった。そもそも、弟や妹の年が離れていて、自分やその友達を一緒に遊ぶことができそうにないこともあり、邪魔されたりするのも迷惑だろうと誰かを家に呼んだりすることは考えていなかった。  どうやら、渡瀬は本当にお世辞抜きで家にくるのを楽しみにしているらしい。  そして下尾が開いたノートを渡瀬はからあげをむしゃむしゃと食べながら、肘をついて眺めている。 「お前は原稿しないのか?」 「うん、人がいると書けない」 「そうなのか。なんか申し訳ないな」 「いいんだよ、俺の家にこいって言ったのは俺なんだから、存分に書いていってくれ」 「ありがとな」  どういたしまして、と本当に気にしていない様子の渡瀬は立ち上がってそのまま部屋を出ていき、5分ほどして、先ほど用意してくれた麦茶を2セットと読みかけだと思われた先程の推理小説をトレイに載せて部屋に戻ってきた。 そのまま本と一緒にベッドに上がり、寝転がって読み始めた。  下尾も渡瀬の言葉に甘えて、テーブルに広げたノート黙々とシャープペンを走らせた。
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