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「文芸部の部長の、下尾だっけ」
「そうだ」
渡瀬が自分のことを知っていたことに驚く。こうして面と向かって話したことはなかったはずだ。
「おまえ、背高いな。いくつ?」
「……181センチだけど」
「でけぇな。小説書くのに、いらなくね?」
くっくっく、と顔をくしゃくしゃにして笑われ、バカにされていることに気づいた。
「好きで伸びたんじゃない」
「そりゃそうだけど。背の高さ、全然活かされてなさそう」
「高いところに物があるときに頼まれたりする」
「背が高い奴あるある、だな」
なんだそのあるあるは、と言いかけて、ここに来た目的を忘れていた。さっきから渡瀬のペースに巻き込まれている気がする。
「おまえ、文芸部には来ないのか」
「単刀直入だな」
「毎年夏休みに執筆する、文芸コンテストのプロット、提出していないのはおまえだけだ」
「プロット?」
唐突かもしれないが、話は手短にしたほうが伝わるだろう。
「徳道先生が今年から顧問になったのは知ってるか?」
「そうなんだ! 徳セン、副顧問から大出世じゃん」
「で、おまえに伝言。高校生最後なんだから、部活に来い、だそうだ。確かに伝えたぞ」
「え、ちょっと待って」
用事が済んだので、立ち去ろうとした下尾の腕を、とっさに渡瀬の手がつかんだ。
「なんだ」
「言いたいこと言って、終わるなよ。俺がそれでプロット提出すると思う?」
「出さなくて徳道先生に叱られるのはおまえで、俺じゃないからな」
「いやいや、考えてみろよ。俺が提出しなかったら、徳センが『下尾ーおまえは何をしとるんだー』っていうにきまってるじゃん」
「おま……っ」
渡瀬の徳道の物まねが、まるでこの場にいるかのようなクオリティの高さで、迂闊にも吹き出してしまった。
「俺の十八番。どう? 似てるだろ?」
「似てるどころの騒ぎじゃない。顔が浮かんだじゃないか。どうしてくれる」
「さすが文芸部。想像力豊かだな」
「そういう問題じゃない」
今のは不意打ちを食らっただけだが、だれが聞いてもこの学校の生徒なら笑うだろう。
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