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プロローグ
下尾裕仁は、会社の帰り道、家の近くの公園で、一人、空を見上げていた。
「あの夜も満月だったな」
二人の関係が変わった夜、あの日も月がとても綺麗な夜だった。
――「月がすごく綺麗だ」
――「ほんとだ、すげぇな」
初めて繋がったあの夜、二人で見上げた満月の真ん丸さに驚いた。
あのとき、もし、自分の気持ちを言葉にして伝えていたら、どうなっていただろう。
今という時間を繋ぎとめることに一生懸命だったあの頃、相手を傷つけてしまうことが怖くて、気持ちを心の奥に閉じ込めた。青くて苦くて危なっかしいのに、一緒に過ごした時間だけはひたすらに甘かった。
大人になった今、月はあの頃と変わらず綺麗なのに、今の二人は、今にも切れそうな糸でかろうじて繋がっている。
いつからこうなってしまったのか。きっとたったひとつの歯車が狂ったせいだ。
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