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モノローグ
漁だけで生計が成り立つ、いわゆる漁村に私は住んでいた。家族は弟以外にもういない。両親は私が九つの頃に、嵐にのまれて死んでしまった。
私も弟も、村の人に好かれなければ生きていけない。それが分かっていたから、どんな子どもよりも年寄りにこびへつらって生きてきた。
親無し子だから本来は生きる価値無しと名前を剥奪され、村で唯一の姉弟だったから「姉ちゃん」「弟くん」と呼ばれても、私たちは笑って過ごした。
「弟くんは、もう助からん」
村医者から、この言葉を聞くまでは。目の前で苦しそうに息を吐く、真っ赤で真っ青な顔の弟。姉の私にできることはタオルで汗を拭いてやるぐらいだが、医者は薬を与えようともしなかった。
「……弟は、風邪ではないんですか?」
「海神様の祟りじゃ」
とても医者とは思えない言葉。それでも彼の真剣な顔に、私は言い返すこともできない。
「……その海神様に、なぜ弟が……」
「弟くんは、海にでた。誰にも相談せず勝手に海にふれた。そのせいで海は突然大荒れたんじゃ」
「……弟は漁師に憧れていたんです」
あんなに虐げてくる漁師に。そう心の中で付け足す。名前がないやつに漁師なんかできない。弟がそう笑われていたことも、知っている。医者は鼻を鳴らした。
「ふん。儀式も受けんと、身勝手に振舞った結果じゃ」
私たちの村では漁師になる儀式が執り行われる。でも、弟は成人しても、儀式が受けさせてもらえるか分からなかったせいで、海に勝手に入ってしまったのだ。
「だが、弟くんで良かったな」
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