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「……は?」
この爺さんの言っていることが、何も理解できない。
「親もおらん。力も無ければ学もない。しかし姉ちゃんは美貌だけはある。だから弟の方で良かった。そう言っておる。もう諦めえ」
私はやぶ医者に一切の返事も表情も浮かべなかった。
「姉ちゃんも、一滴の涙も流しておらん。本当は嬉しい証拠じゃろうて。じゃあな」
そう言い捨てた彼はドアをきしませながら帰った。泣いていないことが、喜びを示すなんて馬鹿げている。悔し涙も流れない。
苦しそうな弟の頬を、そっと触わる。熱がこもりすぎて、人体の本来の温かさとは程遠い熱。このままだと本当に死んでしまう。一人で不安になっていると、弟は目をゆっくりと開いた。
「おねえ……ちゃん……ナギサ、ねえちゃん……」
弟が突然本名で読んできたので、辺りを見渡してしまった。私たちの家など、もう誰も見舞いに来るはずはないのに。
「……どうしたの、そっちの名前で呼んで……」
「だって、ぼく、死んじゃうんでしょ……だから……」
荒い息遣いをしながら、弟は私のうでをつかんだ。私はその手を、ギュッとにぎり返す。
「死なない。あんたのことは、死なせない」
「でも……海神様が……」
「あんな奴はやぶよ。自分に手に負えないから適当なこと言って隠蔽しようとしているだけ」
私だって本気で弟の病気をどうにかできるかなんて分からない。でも、見捨てるなんて選択肢だけは、絶対にない。
「待っててね、お姉ちゃんが必ずあんたの病気を治してあげるから。そうしたら……いつでも好きな時に、名前で呼び合おう」
弟は涙を流す。それを、別れの涙になんてさせない。私は誓った。
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