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プロローグもしくは、状況確認
暗闇のなかで私の頬をなにかがつつく。それにふれると、鱗の感触がする。ゆっくりとまぶたを開いて、首を向けた。黄色い魚だ。
おどろいたように魚はヒレをひるがえし、どこかへ泳いで行ってしまう。自分の手をかき回すと、塩辛い水がまきつく。頭上からは、太陽の光が屈折してふりそそぐ。間違いない。ここは、海の中だ。私、どうしてこんなところにいるんだっけ……
母の体に戻ったような安心感が私を包む。大の字で海中に浮くと、ふわりと青い首飾りが目の前に浮いてくる。海を閉じ込めたような青い石がはめ込まれた首飾りに、吸い込まれそう。
ふと、私の頭が海面から出た。肺呼吸をしながら見渡すと、遠くに私の村が見える。浮いている内に地上に出てしまったのかと思ったが、様子がおかしい。先程まで立てなかった位置に足がつく。
潮の満ち干きにしては、速度が早すぎる。肩にふれる海面が、記憶を少しずつ呼び起こす。
私が泣かなければ海が枯れる。
その事実だけが頭の中に反響する。私は海水でぬれたほおを触った。
落ち着け。落ち着け! ここで動揺していたら、ますます涙が出なくなる。この海は、弟が憧れた海。私が泣かなければ枯れてしまうのに。
どうしてこんなことになっているのか、思い出せ! 目を閉じて、私はめいいっぱい空気を吸い込んだ。
──我が村の海食洞には化け物が住んでいる。海神様が作られたどんな病でも治す水を独り占めするため、隠れている。機嫌をそこねれば、海が喰らい村が壊れる。だから、近づいてはいけないよ。
そんな教えを思い出す。そうだ、あの状況で律儀に守っていられるほど、私は誠実ではなかったからこうなったんだ──もう少し前の記憶もよびおこしていく。
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