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分かってない その3-2
時計の秒針が刻むカチコチって音とか、冷蔵庫が低く唸る音とか、そういうのが急にこっちに迫ってきて、唐突に孤独を煽る。
「テレビ、テレビ見よ」
何か人の声がすれば気が紛れるかもと思って、電源をオンにしてみた。最初に映ったクイズ番組でいいや、とBGMを耳に流し込んで洗濯物を畳み終えてしまう。するとそれでやることがなくなってしまった。
時は八月。
大学は長い長い夏期休暇に入った。日中はバイトを入れてる日もあるけど、こなすべき課題もないし、友達と会う約束も来週。
正直、時間を持て余してる。
お風呂にも入ってしまったし、テレビはBGM代わりでしかないから内容はどうでもいいし、寝るにはさすがに早い時間。
「あー、マンガか小説……」
自室の本棚から数冊持って来たマンガをソファーに寝そべりながら読んで見る。でも今一つ集中できない。
時間の進みはとても遅くて、だからその分私に余計なことばかり考えさせる。
あと二年。
私から手が離れたら、パパも恋愛して結婚するかな。するだろうな。
私のせいでちょっと年は食ってるけど、見た目はいいし、身体付きもスッとしててメタボの兆候はまるでない。こんな娘を育ててきた甲斐あって、デリカシーもばっちり備わってる。それに、男の人は三十代半ばになっても、女の人より結婚しやすいと思う。若さの代わりに、今度は年収というものがステータスの一つになる。
お金目当てって言うと聞こえは悪いけど、お金は大切だ。年収一千万以上とかでなくて、最低限生活していける定期的な収入があること、は確認しなきゃいけないと思う。三十代半ばにもなれば収入もそこそこ安定してきて、今後の見通しもつくし、何が言いたいって、だからパパはなかなかに好物件だってことだ。
決して手遅れな年齢ではない。
パパに想いを寄せてる女性の一人や二人はいてもおかしくない。
雨木さん、はどうなのだろう。
私の中では最早勝手に恋愛フラグを立てちゃっている。
どんな人かなんて知らない。でも、少なくとも私よりはずっと釣り合いが取れてるのは確実だ。
自分のことパパって呼んでる、ランドセル背負ってる頃からお世話してる子どもなんかよりは、ずっとずっと釣り合いが取れてるし、相手にしてもらえる可能性がある。
「失敗したかな…………」
私がパパをパパって呼ぶのは、"お父さん"と区別するためだった。
征哉さんって呼ぶのが気恥ずかしくて、でも何かしら呼び名は必要で、だからパパって呼んでみた。パパが嫌がらなかったから、だからずっとそう呼んでる。甘えたの娘みたいなフリして、そう呼んでまとわりついている。
でも、この呼び名は失敗だったかも。
名前は意識を塗り固めていく。
パパは、だから自分のことをパパだって意識してるだろう。私のことは娘だって思ってるだろう。
この呼び方で、私は私を"子ども"という枠に押し込めてしまった。
子どもに恋愛感情なんて抱かない。
きっともう、どこまでいっても私はパパにとって子どもでしかない。
征哉さんって、呼んどけば良かった。そしたら、ちょっとは意識に隙が出来たのかもしれない。
後悔なんてしても、今更なんだけど。
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