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分かってない その3-4
「ーーーーーーーー香凛?」
訝しむ声、寄せられる眉。でも、落とした言葉は戻らない。
「パパを私にちょうだい」
何言ってるんだ。
そう思った。滅茶苦茶だって。
でも、苦しいの。本心を一つも口にできないのは、分かってもらえないのは苦しい。
言った後にそれを上回る苦しみが待ってるって分かってたって、我慢がきかないくらいには苦しい。
「…………あぁ、あれか、一日オレを独占したいって? 良いよ、有休取ってどっか連れてってやろうか」
一瞬だけ考え込むような表情を見せたパパは、でもすぐにそう切り返してきた。
逃げ道を与えられてるのかもしれない。はぐらかされてるのかもしれない。
それは、もしかすると有難いことなのかもしれない。
でも。
「違う」
そうじゃない。一日じゃなくて、一日だけじゃなくて。
「半永久的に欲しいって言ってるの」
ずっとずっとずっと。私かパパが死ぬまでずっと。その隣にいられる、特別な席をちょうだいよ。
「香凛……」
パパの顔があからさまに強張った。
「何が、不安なんだ」
パパは言う。私のとんでもない要求に、まだ無理矢理解釈を当て嵌める。子どもの不安なんだと。
「香凛がここを巣立っても、香凛が望む限りここは帰って来て良い場所だし、オレだって保護者の立場は捨てない」
「嘘」
否定の言葉は間髪入れずに飛び出した。
「嘘じゃない」
パパに嘘のつもりがなくても、そんなの。
「嘘じゃなくても、無理だよ」
だって、私は何にも持ってないから。
この保護期間が終わってしまったら、胸を張って一緒にいられる手形を、何にも持ってない。
「私がここを出て行って肩の荷が降りたら、きっとパパは自分のこれからの人生を見直す。その先で誰かと結婚するかもしれない。結婚して、子どもが生まれてーーーーそれが、パパの手にするべき本物で正当性のある家族だよ」
私は、どこまでいっても非公式な存在だから。
「…………香凛、血の繋がりがないからって、何もかもを否定するのはよせ。本物とか、正当性とか、そういう言葉で自分を追い詰めるな。香凛は他人じゃない」
そんなことない、と叫ぶように言っていた。
私は、他人だ。どうしようもなく、他人なのだ。気持ちの問題だけでは、乗り切れない。世間的には、社会的には他人なのだ。
パパは分かってない。なんにも分かってない。
私の、どうしようもない不安を。
そして、私の本気の想いを。
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