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分かってない その4-3
向かいの歩道に、パパがいた。
向き合う形じゃなくて、私から見ると右から左に渡る横断歩道の前に立っている。その横顔に目を奪われながら、ここがパパの会社からそう遠くないことを思い出す。
パパは一人じゃなかった。周りに数人同じく背広姿の人がいて、何か話している。
今はチーム長をしてるって聞いたことがあるから、部下なのかもしれない。パパの隣には女の人もいて、私はその光景にまた心を疎ませた。
ただの、部下だろうと思う。しつこく雨木という名前が浮かんだけど、その人かも分からない。でも、親しげに言葉を交わす姿に胸が痛む。羨む気持ちも湧いてくる。
二人が並んだその姿はとても自然だ。
対等な感じがして、あの人はきっとパパに、恋愛感情の有無は抜きにしても一人の女性として認識されてるんだろうな、と思ったら悔しくて羨ましくて仕方ない気持ちにさせられた。
信号は、まだ変わらない。
だから目の前の光景は消えてくれない。
そしてパパは私に気付かない。
横顔はあまりに遠くて、永遠に手が届かないことを突きつけられてるみたいだ。
「っ…………!」
これ以上何も見たくなくて、顔を背ける。
ふと、ちょっと歩けば地下鉄の入り口があったことを思い出す。あそこを使えば、横断歩道を渡らずとも向こうに行ける。そうだ、そうしよう。
パッと身を翻して、早足で歩き出す。
「わっ……!」
「ひゃっ」
前をよく見ず勢い良く歩き出したせいで、次の瞬間には向かいから来ていた人とぶつかってしまっていた。
手にしていたスマホが地面に落ちる。
「す、すみません!」
「いや、こちらこそ……あぁ、コレ」
こっちがぶつかったのに大して嫌な顔もせず、その人は落ちたスマホも拾ってくれた。
「画面は割れてないみたいだけど、壊れてないですか」
三十くらいに見える、サラリーマン。
また頭の中にパパのことが浮かんで、慌てて打ち消す。
考えたくない。考えても仕方がない。
「えっと、あの、はい、大丈夫みたいです」
ボタンを押したら画面は表示された。ちゃんと反応してくれている。
「ホントすみません」
「いえ、大事がなくて良かったです。気を付けて」
ペコリと頭を下げたら、その人は鷹揚にそう言ってくれた。
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