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分かってない その1-2
では一次会はこれでお開きでと言われて支払いを済ませたら、こそこそ荷物を持って化粧室に直行した。そんなに狭い化粧室じゃないから、あんまり人の邪魔にもならないだろう。十分くらい時間を潰させてもらう。
そろそろ二次会組もいなくなったかな、という頃合いで店の外に出る。
けど。
「香凛ちゃん」
うげ、とよく声に出なかったなと思う。いや、出した方が良かったのかも。
まさかここまでしつこくされると思わなかった。
店の前で待ち伏せてたのは、さっき抜け出そうよって声をかけてきた男子学生。確か一回生上のはずだ。名前は何て言ったっけ。高木……いや、高橋?
「やっぱりまだいた」
「え、あの」
二次会には目もくれず先に帰ったと思わす作戦だったのに、失敗したらしい。
「いや、香凛ちゃん、出て来ないなぁと思ってたから」
めちゃくちゃ目をつけられてる。これはお迎えを頼んで正解だった。一人じゃ大変だったに違いない。
というか馴れ馴れしく名前で呼ばないで欲しい。発表チームも違ったし、こっちは名字すらうろ覚えな状況なのに、距離感間違え過ぎでしょ。
でもこっちの心なんて相手は全く慮ってくれない。
「皆いるところで抜けると目立つから、気を遣ってくれたんだよね」
しかもなんか超都合の良い方に解釈されてる。
勘弁して。
「いえ、あの、私、明日朝早いんで、もう帰らないと」
「じゃあちょっとお茶して行く? ここら辺、遅くまで空いてるカフェ多いから」
私は今、"朝早い"、"帰らないと"って言ったんですけど?
言葉が通じなくて怖い。
加えてここら辺の遅くまで空いてるカフェを押さえてるところも怖い。
最初から私を狙ってて下調べしてたのか、そもそもチャラくて色んな女の子相手によく行ってるのか、どっちでも怖い。
「すみません、迎えも来ますから」
きっとすぐに来てくれる。振り切りたくて道路側に近寄ろうとしたら、高木さんだか高橋さんとやらが急に腕を掴んできた。
「そんなに露骨に避けることないじゃん」
避けるに決まってるでしょ。あと勝手に触らないで、気持ち悪い。
「やめてくださーーーー」
本気で声を上げかけたその時だった。
軽いクラクションが脇で鳴る。
ハッと車道に目を向けると、そこには見慣れた黒いボディの車。
「香凛」
助手席側の窓が下げられて、中から低い声が響く。
「!」
助かった、と思った。
「早く乗れ」
「うん」
掴まれていた腕を振り切る。
「すみません、迎えが来たので」
高木さんだか高橋さんとやらは、ちょっと面食らった顔をしていた。
そりゃ、女子大生のお迎えに車で男が来たら、ちょっと驚く。顔はよく見えてないだろうけど、しっかりしたその口調からそれなりに年上の社会人であることは察せられるだろうし。
「…………え、彼氏?」
たじろいだその顔ににっこりと笑顔を向けてから、失礼します、と私はドアを開けて助手席に乗り込んだ。
しっかり勘違いしてくれれば良い。
車内に乗り込めば、車は間髪入れずに走り出した。
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