分かってない その1-4

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分かってない その1-4

「というか腹が減った」  発された言葉に意識を戻される。 「え」  まだ食べてなかったの。なのに迎えに来てくれたの。  申し訳なさと嬉しさが同時に心に湧き上がる。 「今から作るの面倒だな」 「私、作ろうか」 「んー、いや、面倒だろ。どっか寄って食べてっても良いか。コンビニでも構わないけど、お前嫌がるだろ」  その通り。私はあんまりコンビニ弁当を推奨していない。 「コンビニ弁当はダメ、身体に悪い。もう今日はホント何にも手がつかないーって時だけ!」 「分かってる分かってる」  健康な精神は健康な身体に!  何よりまず身体が資本!  ごはんは身体を作る元!  迎えに来て♡ なんて言って振り回しちゃってるけど、元来忙しい人だ。仕事だらけの毎日だから、少しでも身体に良いものを摂って欲しい。  でも毎日きちんとバランスの取れたごはんを作るのは大変なことだ。  だから色んな作りおきを常に冷凍庫にストックしてる。今日だって、コンビニ寄らなくても大丈夫なのだ。何かしらは用意がある。  そりゃたまにはジャンキーなものとか食べたくなるものだし、そういう時まで我慢してって言いたい訳じゃないけど。 「香凛はもう腹はいっぱいか」  言われて、自分のお腹に意識を向ける。 「うーん、まだ余裕あるかな。食べるより飲むのが中心だったし」 「酔ってねーだろうな」 「こんだけ会話が成り立ってたら十分でしょ」 「まぁな」  信号が赤に変わる。待ちながら運転席のその人はうーんとしばらく唸っていた。 「……倉科(くらしな)行くか。香凛、今月の限定デザート食べたいって言ってたろ」 「え、やった、アレすっごく気になってたんだよね」  倉科はよく連れてってもらう小料理屋さんだ。内装の洒落た、とても居心地のいいお店。店主の見上さんも良い人でおしゃべりするの楽しいし、小料理屋と言いつつミーハーな感じのするデザートなんかにもかなり気合いが入ってて、月替わりの限定メニューなんかもあるのだ。 「金曜だけど、席あるかなぁ」 「ま、何とかなるだろ。空いてる訳じゃないけど、何故かいつも席がないと言われることはない」 「あ、だよねー、不思議なくらい都合よくちょっとだけ席空くよね、あそこ」 「多分大丈夫って思うから、ついつい足が向かうんだよな」  あそこなら美味しいごはんが食べられる。車で迎えに来てもらってしまったから、お酒が飲めないのは申し訳ないけど。  私もそろそろ免許を取りたいけど、残念ながらまだお許しが出ない。絶対事故ると、有り難くない予言をされているのだ。 「香凛」 「何でしょう」  青信号をきっかけに車が再発進する。 「いつでも迎えに行ける訳じゃないんだから、男のあしらい方も覚えとけよ」  そうは言われるけど、困る。 「どこで学んで、演習すればいいの」  誰かが練習台になってくれるのか。というか、こういうのは実経験を積むしかなさそうだ。断り文句なんかは教えてもらえればストックできるけど、いざそういう場面に出くわせばなかなかスムーズに言葉なんか出て来ないだろうし。 「…………それもそうだな」  チラリと横顔を盗み見ると、眉間にくっきりとシワ。跡がつくからやめておいた方が良いと思う。 「あぁ……結局オレが目を光らせてお迎えしてやんなきゃいけないのかね」  でもシワを寄せている割には、口調はどこか柔らかい。 「ふふ、過保護ぉ」 「仕方ないだろ、テレビつけたら誘拐事件、新聞開けば盗撮がどうたら、スマホいじれば援助交際が~とロクな情報が流れてこない」  確かに世の中犯罪の枚挙には暇がない。そして犯罪は人を選ばないもの。 「オレはお前を立派に社会に送り出す義務がある。それまで庇護するのも、当然義務の内」  決然とした声で言われた。  でも分かってるのだろうか。  あなたの言うその義務は、本来あなたが背負うべきものではないことを。  無理に背負ってくれてしまっているということを。  申し訳ないって空気を出すとそんな顔すんなって言われるのが分かってるから、軽い口調で返しておく。 「大変だねー」 「ここは大事に育ててくれて有り難うだろうが」 「だね、ありがと」  素直に言われた通りにお礼を言う。せっかくだからもう一つ色を付けて、胡麻でも磨っておこう。  どう見たってまだ三十代のその人に、私はにっこり言った。 「大好き、パパ」  これを言っておけば、大抵のことは罷り通るのである。
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