分かってない【パパ編】 その2-3

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分かってない【パパ編】 その2-3

 香凛のその告白を、オレは本気に取れなかった。  いや、本気だと分かったからこそ、まともに受け止めてはいけないと思って認めなかった。  香凛が、オレを好き?  子が親を慕う気持ちではなくて、男女の関係として真剣に好いている?  そんな馬鹿なことがあって堪るか。  香凛は、娘みたいなものだ。そういう風に育てて来たし、だからそうあるべきだ。  第一オレは香凛と十六も年が離れていて、既にいいおっさんだ。二十歳を過ぎたばかりの若い娘の相手として、ちっとも相応しくない。  仮に歳の差を問題にしないことにしよう。世の中には歳の差カップルはいくらでもいる。  だが、それでもオレと香凛の間には、超えられない、超えてはいけない問題が山積している。  どこか街中で普通に出会った、年の差のある男女じゃない。十年、同じ屋根の下で暮らしてきた二人だ。  オレは香凛がランドセルを背負っていた頃から知っている。――――――――いや、知っているんじゃない。育ててきたのだ。  そんな相手と恋愛なんて、できるはずがない。倫理的にアウトだ。自分の性癖を疑う。世間的にも白い眼で見られる。  寂しいのなら、誰か頼れる人が欲しいなら、もっと外へ目を向ければ良い。恋人を探そうと思ったら、世の中に男はごまんといる。  もちろん、相手は慎重に見極めるべきだ。誰でも良い訳じゃない。  香凛の恋人は誠実でしっかりしていて将来性があって一途な気の利く男でなくてはならない。変なヤツを連れてきたりしたら、その場で切り捨ててやる。  だが、しっかりしたヤツなら、それで良いのだ。  家族がいないことが不安に繋がるなら、自分で作って行けばいい。幸せな家庭を築いてほしいと、オレだって願っている。  だが。  だが、オレが恋人やら旦那やら、その役をこなすことはない。  オレは、あくまで父親代わりなのだから。  香凛の本気を認める気はなかった。一時の気の迷いだ。仮に今は本気で好きでも、そんなのはよくある一過性のものだ。  働いている男がカッコよく見えるなんてのは、よくあることだ。就活を意識し始めてから社会人なり立ての時期なんて、特にそういうまやかしにかかりやすいのだ。  だが、香凛は自分の言葉を一切撤回しなかった。  衝撃の告白からこっち、香凛が話を蒸し返すことはなかった。オレもあえて触れはしなかった。  だが、香凛は目に見えてダメージを受け、毎日毎日苦しそうにしていた。どう見ても失恋の痛みに耐えていた。  だけど、こればかりはどうしてやることもできない。なかったことにするのが、消極的でも一番マシな方策だと思っていた。  受け入れられる訳が、ないのだ。  香凛、オレはお前の“パパ”なんだから。  “パパ”は“娘”と恋愛なんてしないんだよ。しちゃいけない。それは犯罪だ。  例え犯罪でなくても、こんなオヤジは相手として相応しくない。  香凛が三十六のオッサンを恋人として連れてきたら、オレは問答無用でそいつを叩き返す。  年齢が違い過ぎるだろう。愛があればいいとか言われても、保護者としては簡単に認められない。  そいつはお前をきちんと幸せにできるのか。考えてみろ、それでなくとも平均寿命は男の方が短い。そいつはあと何年生きるんだ。お前を置いて逝くんじゃないのか。  例えばその時まだ未成年の子どもを抱えていたら、お前はどれだけ苦労する?  置いて逝くのだってぽっくり逝ってくれりゃいいが、介護だなんだのなったらどうする。いや、その前に結婚してすぐ相手の親の介護とか、そういう展開になるんじゃないか。リスクだらけじゃないのか。好きだって気持ちだけでどうにかなるのか。  ほら見ろ、ロクな案件じゃない。  例え保護者という立場にいなくとも、オレは香凛のような若い娘の相手には不向きだ。  とにかく、何にしろ、駄目なのだ。受け入れることなんてできないのだ。  香凛、お前が毎日どれだけ辛そうにしてたって、こればかりはどうしようもない。  お前は、娘なんだから。
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