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分かってない【パパ編】 その5-1
香凛と初めて顔を合わせたのは、姉が結婚を決めて両家の顔合わせをと設けられた場でのことだった。
とある料亭の座敷に現れたちんまい香凛は、多分まだ五歳くらいだっただろう。
白い丸襟の水色のワンピース姿。
――――今でも意外によく覚えている。
姉の結婚にはひと悶着あった。姉が初婚なのに対し相手は二度目で、しかも連れ子までいたからだ。
前妻とは死別と聞いて、嫌いになって別れたでもなし、まだ気持ちが残っているんじゃないか、娘のことを家政婦兼ベビーシッター扱いするんじゃないか、子どもと上手くやっていけるのか、自分の子どもを設けるのに遠慮してしまうのではないか、本当に幸せになれるのか、他にいくらでも良い人はいるんじゃないか。
山程の懸念があって、両親も簡単には受け入れられなかったと言う。
だが姉の選んだ昭久さんは、誠実な人だった。
山のように積み上げられた両親の心配と不安を納得に変えるほどには誠実に丁寧に、何度も何度も家に足を運び理解を求めた。
昭久さんの人柄に絆されて、両親も最終的には大丈夫なのかもしれないと、娘の結婚を祝福することを決めた。
さて、件の昭久さんの連れ子と言うのが娘であることは知っていた。
前の奥さんはその娘を生んで半年で亡くなってしまったと聞いていた。
乳飲み子を抱えながら、しかし今日まで彼は娘を何とか一人で育て上げていたのである。働きながらそれはどれほど大変なことなんだろうと、当時まだ学生だったオレは全くピンと来ない想像をぼんやりしていた。
両家の顔合わせの場で小さな少女を見てもその大変さは当然想像の域を出ず、普段関わることのない生き物に苦手意識を持っていたオレは香凛を遠巻きに眺めるに留めていた。
大人しい、と言うよりは聞き分けの良い子どもという感じがしたのを覚えている。
じっとしてようねと言われれば、ちょこまかあちこちを動くこともなくその通り良い子にしている。人懐っこいと言うよりは、人見知りの色の方が強いのか、見慣れないオレや両親のことは父親の影からチラチラと覗いては引っ込むということを繰り返していた。
小動物みたいで愛らしいとは思ったが、男子学生と幼稚園生に共通の話題があるはずもないし、子どもに合わせるほどの器用さも自分にはなかった。
泣かれでもしたら面倒だ。対処する術をまるで知らない。
極力、関わらないでおこう。向こうにとってもそれが平和なはずだ。
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