空室

1/1
前へ
/20ページ
次へ

空室

私が住んでいるマンションでの出来事です。 二つ隣の部屋に住んでいた一家が引っ越し、かれこれ一年ほど空室になっていました。 ある夜、家族が帰ってくるなり「A号室(※仮)、誰か越してきたのかな」と尋ねてきました。 A号室の前を通った時、廊下に面した小窓がカラカラと開いたのだそうです。 引っ越しをしていればトラックが出入りしていたり、作業する人の気配がしたりするものですが、ここ数日でそんな心当たりはありませんでした。 でも単身での引っ越しなら短時間で済みそうだし、うちの家族全員が出掛けている時間にササッと荷物を搬入した可能性もあります。 いつの間にか越してきていたんだねー、と話していました。 翌日、家を出る際にA号室の前を通ったのですが、小窓は閉まっているしカーテンも付いていないし、何だか人の気配がしないなあ……と感じました。 それからしばらくたったある日のこと。 マンションでガス設備の点検がありました。 ガス会社の方が室内に立ち入るのですが、 住民が不在の場合は管理会社の方が開錠して立ち会うことになっています。 この日休みだった私は、点検が終わってから出かけようと待ち構えていました。 「すみません、点検です」とインターホンが鳴らされ、ドアを開けるとガス会社の方と管理会社の方が立っていました。 15分ほどで点検を終えると、二人は隣室へ向かっていきました。 私も出掛けようと外に出ると、ちょうど隣室の点検を終えて二人が出てきたところでした。 次はA号室の番でした。 ガス会社の方がインターホンを鳴らすのと同時に、 管理会社の方が「あ、ここは空室なので」と 鍵を取り出しました。 その時、インターホン越しに「はーい」と女の人の声が聞こえてきました。 「え?おかしいな」管理会社の方は手にしたファイルを開いて何やら確認しています。 その間にガス会社の方が「すみません、点検に来ました」と呼び掛けました。 返事はありません。 「あの、ここやっぱり空室なんですけど」 管理会社の方がぼそりと言いました。 何故かこちらを見て「あの〜今の、貴方の声じゃないですよね?」と確認してくるので、もちろん「違いますよ」と答えました。 さらに「今の女の人の声、聞きましたよね?」と聞くもので、仕方なく頷きました。 管理会社の方が解錠してドアを全開にすると、がらんとした空間が見えました。 「やっぱり誰もいない……」「でも確かに声が……」 二人とも戸惑った様子で室内に入って行きました。 私はそのまま立ち去ったので、その後二人がどうしたのかは知りません。 ただ点検は無事に全戸終了したようでした。 侵入者がいたという話も有りませんでしたので、やはり部屋は無人だったのだと思います。 ただ、前に住んでいた一家、更に前の住人とも、なぜか一年余りしか住んでいないことを思い出しました。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加