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相手を床に投げつける様子を脳裏に描き、慌てて消した。また王弟を力技で捻じ伏せるわけにはゆかない。
「本当に、不泣姫は泣かぬのだな」
芯のある低い声が、間近で聞こえる。
「あの日、キルク殿の屋敷で、きみは泣かなかった」
キルクとは、リィシアの叔父だ。叔父の家に身を寄せていたのは、2年前。14歳のときだ。
そのときの出来事といえば、キルクの息子、リィシアの従弟にあたる少年が、病で亡くなったことだ。従弟は、もともと体が弱く、長く患っていた。
「僕は当時、隠居した父上に連れられて、国中を見てまわっていた。その途中で、キルク殿の屋敷に泊まっていた。……ご子息があのような状況だとは知らずに」
違います。あなたが悔やむことではありません。
リィシアは否定しようとしたが、思うように声が出ない。
従弟が他界したことと王弟が訪ねたことに因果関係は、ない。従弟の死は、誰もが「近いうちか」と思っていたが、あの時機だとは想像していなかった。
「きみは、泣かなかったね。泣かないが、泣くよりも深く悲しみ、悼んでいた。そんなきみと話してみたいと思った。しかし、きみはすぐに」
リィシアは、自分が居候していることで従弟の心が弱っとゆくのを目の当たりにしていた。責任を感じ、葬儀の後に別の親戚を訪ねた。一度も涙を見せないことに後ろ指をさされながら。
「すまない。きみを一方的に知り、もっと知りたくて近づいた」
王弟が抱擁を解いた。
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