不泣姫は絹雨に咲う

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「あの、しかし、まあ、あれは大袈裟に聞こえたかもしれないが」  王弟は咳払いをして、言葉を濁す。 「そのように深く感情移入できる、きみに、将来そばにいてほしいんだ」  リィシアは王弟の目を見ることができず、俯いた。 「失礼を承知で申し上げます。殿下は優しい御方です。私は、殿下のことが嫌いではありません。しかし……若い男性が苦手です」  雨音が強くなる。  リィシアは、こぶしを握りしめた。  話さなくても良いことだが、後戻りはできない。 「父の方針で、柔術と泣かぬ術を身につけさせられました。父は、若い男を雇って寝所を襲うふりをさせ、怖くても動じないよう慣れさせられました。不泣姫(なかずのひめ)というあだ名は、そのときにつきました」  当時の記憶が蘇る。リィシアは、胸を掻き合わせた。 「私が12歳のときです。父が雇った男に犯されそうになったのは」  王弟の手が伸ばされる。慰めようとしたのだろうが、リィシアは反射的に後ろに下がった。段差に足を取られ、転びそうなところを堪えた。 「男は返り討ちにしてやりました。騒ぎを聞いた父が駆けつけてくれて、男を解雇してくれました。もしかしたら、男はころさ……いえ、何でもありません。父は泣いて謝ってくれました。でも、私はもう家にいるのが怖くなり、翌日には親戚の家に逃げていました。そこからは、親戚の家を転々として、今この養老院にいます」  背中が雨で濡れる。リィシアはもう一段下がる。 「やはり、若い男性に近づかれると、怖くなってしまいます。また、あなた様に失礼なことをしてしまうかもしれません」 「それでも僕は」  王弟が何か言いかけ、息をのんだ。 「危ない!」
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