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絹雨は、池の蓮を静かに揺らす。
昼下がり、老婆達と刺繍をしていたリィシアは、この養老院の管理をしている夫婦に呼ばれ、席を外した。
「お嬢様……お嬢、どうしましょう」
一度は畏まった呼び方をした夫人だが、くだけた呼び方に言い直す。貴族階級出身のリィシアと、市井の民の夫妻。夫妻がリィシアに対して敬語を使うのはこの国の社会の基本だが、今のリィシアは家出中で居候の身だ。「普通に」接してもらっている。
「王都から書状が来たんです。近々、ここを視察に来ると」
リィシアは書状を読ませてもらい、無言で目を丸くした。
王都、なんてもんじゃない。書状に押された印は、王家が使う紋章だ。
近いうちに王族が養老院を視察に訪ねられる。ただ、それだけ、公用文に乗っ取った格式高い文章でかかれている。日にちと目的は書かれていない。
何のための視察だろうか。ここは養老院と自称しているが、行き場のない老人の共同生活の場だ。国に認められた施設ではない。そもそも、国にそんな制度はない。
「私達はやましいことは何もしていません。堂々としていましょう。ただ、おもてなしの準備はしておかないと」
リィシアが言葉にすると、夫妻は、ほっと溜息をついた。
おもてなしの準備。一口に言っても、何をすれば良いのか、リィシアにもわからない。ただ、思いついたことはやらなくては。
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