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ここの住人は、夕食の後、すぐに就寝してしまう。
リィシアは細かな雨音を聞きながら、蝋燭の灯の近くで書き物をする。
老人達ひとりひとりの生活の記録。もしも具合が悪くなって医者に診てもらうときに、近日の様子が説明できる。
名前。性別。身元が確かな者は、身元も。過去の職業。病気の既往。嗜好。得意なこと。できるだけ細かく。
ぬらり、と壁に影が写り、リィシアの心臓が脈打った。声は出さない。隙を見せてはならない、と昔から父親に教えられていた。
「お嬢」
管理人の夫の方だった。
「まだ働いていたのですか」
リィシアは、黙って頷く。知らぬ人が侵入してきたら木刀で撃退しよう、と思ったが、信頼できる人で良かった。
「働き過ぎですよ。たまには休んで下さい」
「はい。いつも、ありがとうございます……おじ様」
お嬢、と、ざっくばらんに呼んでもらうように、リィシアは夫妻を「おじ様」「おば様」と呼んでいる。夫妻に子はいない。夫妻にとってリィシアは、まるで姪のような存在のようだ。
「お嬢、ここに来て変わりましたよね」
管理人は、書き物の傍らに茶器を置いた。
「こんなことを言っては失礼ですが、ここに来たときのあなたは、何かに怯えているようでした。でも、徐々に打ち解けたというか、心が穏やかになってきたように見えます」
「すみません。居候なのに、甘えてしまって」
「そんなことないです。ずっと、ここにいてほしいくらいで……」
管理人は、言葉を濁した。
ずっとここにいることは、できない。管理人もリィシアも、頭ではわかっている。リィシアは、いつか嫁に行く身だ。もう年頃だから、きっと、近いうちに。父親が勝手に結婚相手を探し、リィシアを連れ戻しにやってくるのだろう。
「そうそう。よかったら、お茶でも飲んで下さい。王族のかたがいらしたときにお出しできればと思って、妻と試作してみたんです」
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