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王弟の訪問
王族だという人が養老院を訪ねたのは、「雨期のずる休み」と揶揄される晴れた日のことだった。
「国王陛下の弟君であらせられるぞ!」
やたら声を張る側近を伴って現れたのは、静かな雰囲気の青年だった。
リィシアは、管理者夫妻の計らいで出迎えには立ち会わず、物陰から様子をうかがう。
王弟。まじか。
リィシアは生唾をのんだ。
噂が正しければ、王弟はリィシアと同い年の16歳。聞いたもの全てを記憶する男、と言われている。
華美ではないが上品な衣に身を包んだ王弟は、側近をたしなめてから管理者夫妻に挨拶した。意外と声が低いんだ、とリィシアは思った。
管理者夫人が茶を淹れようとすると、王弟の側近が物陰のリィシアに気づき、そこの者、と声を張った。
「そなたが淹れよ」
リィシアは、びくりと震えてしまった。
「殿下にご挨拶もしないとは、何を考えている。この国の民ならば、王族を敬うのは当然のことだ。武器を捨て殿下に尽くせ」
声も体も大きな側近が、つかつかとリィシアに近づく。高圧的だが、リィシアに危害を加えるわけではないのは、リィシアもわかっている。しかし、足がすくんでしまう。腰の木刀にも手がかけられない。
おどおどする管理者夫妻に、王弟がにこりと微笑む。杖をつき、おぼつかない足取りで側近に近寄り、探るように彼の肩に手で触れた。
「やめないか、みっともない」
「殿下が威厳を保たないから、私が代わりにやっているんです」
側近が振り返り、悔しそうに王弟を睨みつける。
王弟はわずかに視線が合わず、それでも側近を諭そうとする。
「我々が偉ぶる必要はない。王宮の者たるもの謙虚であれ、と国王陛下も常に仰るではないか」
それに、と王弟は言葉を続ける。
「その者は、リンハン殿の三番目のご令嬢だ」
王弟の噂は、聞いたもの全てを記憶する男、というだけではない。
王弟は生まれつき目が見えない、という噂もある。
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