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「危ない!」
芯のある低い声と共に、腕を引かれた。
刹那、リィシアのすぐそばを馬車がすり抜ける。
湿気を含んだ雨と風を受けた肌を、ひやりとした感覚が通り抜けた。
「あ……りがとう、ございます」
近づく馬車に王弟が先に気づき、リィシアを守ってくれた。助かったのに、心臓が脈を打つ。
王弟がリィシアをまっすぐ見つめる。しかし、しっかりとリィシアを認識しているかは定かではない。
「どうした? 怪我をしたのか!」
「いえ、驚いただけです」
少しだけ黙しただけなのに、王弟は、大事があったのかと勘違いしてしまう。
王弟は、全く目が見えない、というわけではない。明暗はわかる。ものの輪郭も、何となくわかる。視覚からわかることが少ない代わりに聴覚が優れ、書いて覚えることが難しい代わりに、一度聞いたものは全て記憶する。
「殿下は、すごいです。私なんか、逃げてばかりで」
「きみは養老院の皆のために働いている。誇って良い」
王弟は今頃気づいたように手を離してくれた。
「この養老院のような施設を正式につくり、そこに住む人と働く人を保障する制度を確立するのが、僕の理想だ」
「それで、うちに視察を」
「そうだ。それに……」
何か言いたげに頬を赤らめた王弟は、にわかに空を見上げる。雲の切れ間から、光が差し込んでいた。
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