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それは、一見したところドングリのようだった。小さい頃、家の近所にある公園で拾い集めたような――。
そんなことを考えながら謎の木の実をまじまじ眺めていると、突然、部屋の戸がガチャリと音を立てて開いた。カスミはまたもや飛び上がって、再びポシェットの中で身を竦めた。
「カスミ、どこにいる?」
ベスの声だ。もう昼になったらしい。
カスミはポシェットから顔を出し、腕を振り回しながら声を張り上げた。
「ベス、ここ!」
ベスはポシェットから身を乗り出しているカスミを見付けると、目を見張って机とポシェットとを見比べた。一人で移動したことが信じられないといった表情だ。目的は何一つ達成していないが、既に少なからぬ達成感がカスミの心を満たしていた。
ベスは障害物の合間を縫いながら、器用に本棚の前まで近づいてきた。
「どうしてこんなところに?」
「それが、ちょっと、本を見せてもらおうかと思ったんだけど……」
今さらだが、人の本棚を勝手に見るのはまずかったのでは。そんな思いからカスミの語尾がしぼんでいく。しかしベスは気にする風もなく、「そっか」と気のない返事をした。
「それより、お昼にしましょう。ルネットにサンドイッチを作ってもらったのよ」
カスミはベスの掌に乗って、机の上まで移動した。先ほどの苦労が馬鹿々々しく思えるほど、一瞬だった。新幹線が開通した当初の人たちって、こんな気持ちだったのかも。
ベスは反対の手に持っていた包みをカスミの脇へ並べた。香ばしい匂いが鼻をかすめる。ベスが包みの結び目を解くと、中からサンドイッチが現れた。
「このくらい食べられる? 多いかしら……」
「ありがとう。少しでいいよ」
彼女なりの気遣いからか、ベスは硬い耳の部分を避けて、柔らかい部分だけを小さくちぎってカスミに手渡した。
薄くスライスしたトーストに、クシャクシャの卵、カリカリのベーコン、マッシュルームが挟まっている。作り立てなのか、まだ温かい。
カスミの知っているサンドイッチとは少し違ったが、かえって食欲と好奇心をそそられた。
カスミは机の真ん中に座り、ベスは先ほど足場にした腰掛けに座り、それぞれサンドイッチにかじりついた。
「おいしい?」ベスが問う。
「……おいしい」カスミが答える。
事実、美味しかった。カスミはこれまで、サンドイッチは白くて柔らかいものだとばかり思っていた。具も、ハムやレタスやマヨネーズなど、冷たいものばかり。
反対に、これは硬くて温かい。かじる度に、パンがザクザクと音を立てる。こっちの方が好きだな、とカスミはベーコンを噛みしめながら思った。
黙々とサンドイッチを頬張るカスミの横で、どこから取り出したのか、ベスが机の上にグラスを並べ始めた。
「これ、私のピクニック道具。ママやルネットには内緒よ」
見れば、椅子の上に木のバスケットが広げられている。平皿、カトラリー、ペーパーナプキン――。ピクニックに必要な道具が綺麗に収められている。
ベスは瓶の栓を抜いて、中の水をグラスに注いだ。差し出されたグラスをカスミは有難く頂戴する。激しい運動に加え、ベスケットとサンドイッチに口の中の水分を奪われたおかげで、カスミの喉は信じられないほどカラカラだった。
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