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ブラウンさんの話を聞いて、カスミは『なんだか胡散臭そうな人だなあ』と思わざるを得なかった。だって今どき冒険者なんて。
いや、この世界だと案外普通なのかも。
半信半疑のカスミをよそに、ベスは窓辺に置かれた本の傍へ歩み寄った。表紙を一瞥しただけで「うへえ」と妙な声を漏らす。
「また高等魔法の本。こんなのばかり読んでたら、頭が石になっちゃいそう。何も考えずに歌っている方が何倍も面白いはずなのに……」
ボソボソと発せられた〈歌〉という言葉を、カスミの耳は敏感に拾い上げた。カスミの脳裏に、本棚に並んだ背表紙の文字が蘇る。やっぱり、ベスは歌が好きなのだろうか。
「あれ? これって……ハシバミの実?」
「ハシバミ?」
聞いたことのない単語に、カスミがオウム返しに尋ねる。
ベスは一歩脇へ退くと、表紙の上に載った赤茶色の木の実へ人差し指を向けた。
「そう、ハシバミ。ブラウンさんがたまにくれるのよ。食べると頭がよくなるんですって」
「え、食べられるんだ……」
でもまあ、おばあちゃんもお米やお菓子にドングリを混ぜていたもんな。そうすると、この実も茹でたり焚いたりすれば、結構美味しいのかもしれない――。
「そういえば」ふと思い出してカスミは呟いた。
「〈お礼の品〉がどうとかって言ってたけど、もしかしてこれのことかな」
「お礼?」
ベスが尋ねる。尋ねておいて、自分の中で答えを見付けたらしく「ああ」と軽く手を打った。
「きっと、カスミのことを本当の〈隣人さん〉だと思ったからよ。彼らによくしてもらう時は、それ相応のタイカを渡すのがマナーだもの」
タイカ――対価のことか。
妖精に対してもマナーが必要なのかと妙な感心を抱いているカスミの横で、ベスの関心は早くも本の方へ戻っているらしかった。
「とにかく、この本をママのお部屋に持っていかないと。前みたいに何日も返し忘れて、また怒られるのは嫌だもの」
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