1日目 昼

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「え」  どちらともなく、間の抜けた声を漏らす。  開いたページには、何も書かれていない。  このページだけかもしれない。カスミと同じ考えだったのか、ベスが次々とページをめくっていく。が、どのページも白紙。文字どころか、線や点の一つも見当たらないのである。 「どういうこと?」  ブルーの瞳をパチパチやりながら、ベスが尋ねる。カスミは首を横に振った。尋ねたいのは、むしろカスミの方なのだ。 「あっノートなんじゃないかしら? もしくはスケッチブックとか」 「ノートにタイトルなんて付けるかな」 「それもそうね」  もっともらしく頷いて、ベスがグラスを傾ける。先ほどからチビチビ飲んでいるせいか、中身の水は全然なくならない。 「あっ」グラスを持ったまま、ベスが短く叫ぶ。 「もしかして、この本自体に、何か魔法がかけられているのかも! 簡単に中身が読まれないように。……やっぱり、特別なことが書いてあるんだわ」 「でもそうすると、今度はその魔法をどうやって解くか考えないと。……お母さんがやってるところとか見たことない?」 「ううん、見てない。……というか、ママが本を開いているところ自体、あんまり見たことがないような……」  言いながら、ベスはグラスを置こうと机の上へ手を伸ばした。その手の中で、まだ半分以上水を湛えていたグラスが大きく傾く。カスミの頭上で、透明な水が綺麗な弧を描いていた。  ――バシャッ 「カスミ!」  ベスが顔面蒼白になってカスミの身体を持ち上げた。爪先から雫が滴り落ちる。幸い、濡れたのは爪先だけで、頭から水を被らずに済んだ。呆然と眼下を見下ろしていたカスミの視界に、水を吸ってより濃くなった焦げ茶色の表紙が目に入った。 「ベス! 本、本っ!」  カスミに言われて、ベスが思い出したように片手で本を持ち上げる。けれども、片手の力だけでは足りなかったのか、あるいは動転して指先が震えていたせいか。一瞬机から浮いた本は、再び机上の池に飛び込んでしまった。  下向きに見開かれたページが、どんどん水を吸っていく。 「ま、まずいよ。早く本を持ち上げないと……」  ベスはカスミを池の淵へ降ろすと、今度は両手でしっかりと本の端を掴んだ。水の上へ落とさないよう、弱った紙を破かないよう、慎重に本を表返す。その瞬間、ベスは本を持ったまま「わっ」と小さく声を上げた。  中身がどうかしたのだろうか。もしや、破けてしまったのだろうか。  カスミが何かを尋ねる前に、ベスはほとんど放り出すようにして本を机の上に置いた。真ん中あたりで見開かれた本が、ドスンと重い音を響かせてカスミの真横に落下する。もう少しで下敷きになるところだった。カスミが恨めしげに見上げるも、ベスの視線は依然として見開かれた本の中身に釘付けになっている。  カスミは、ベスの視線を追うようにして背後を振り返った。白紙だった紙の上で、何かがうごめいている。  カスミは、息を呑んだ。
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