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最後まで読み終え、少女は絵本をパタンと閉じた。表紙には、『よい子の童話集』の文字。
童話を聞いてカスミが理解したことは二つある。一つは、ここが彼女の知らない世界であるということ。もう一つは、魔法や魔女の存在が信じられている世界であるということだ。
「この四つの王国間を行き来するだけなら簡単なんだけど」
憐みのこもった声で少女が言う。しかし次の瞬間には、好奇心に満ちた目で「それにしても」とカスミを見ていた。
「ここじゃない世界、しかも魔法がない世界があるなんて。……それって、すごく不便そう」
嫌味ではなく、思ったことを正直に述べただけといった様子だ。
確かに魔法を使うことが出来れば便利だろう。かといって、魔法が使えないせいで生活に不便を感じたことはそんなにないけどな、とカスミは胸中で異議申し立てた。
それはさておき、困ったことになったぞ。
カスミはカップの中で腕を組んだ。
少女によれば、離れている空間同士を接続する魔法は、どちらの空間においても魔法が使えて初めて成立し得るものだという。カスミが帰りたいのは、魔法が使えない世界である。それでは、この魔法を使うことは不可能だ。
「何でも願いが叶う魔法とかは、ないの?」
言ってしまってから、カスミはいやいや、と首を振った。我ながら呆れる質問をしたものだ。いくら魔法が使えるからといって、そんな都合の良い方法があるわけ――。
「あるわ」
「えっあるの?」
「ただ、一人一回しか使えないし、すごくフクザツな魔法よ」
なんだ、それなら問題ない。無事元の世界に戻りさえすれば、カスミが魔法を使う機会は一生訪れないのだ。
カスミの頭上に、再び希望の光が差す。
問題は、その魔法がどのくらいフクザツであるのか、というところだ。
「その魔法、どうすれば使える?」
「うーん、ママなら杖一振りで出来るかもしれないけど、私やあなたじゃ難しいだろうし」
少女が机の木目を指でなぞりながら言う。彼女は、杖一振りで出来ないのだろうか。
「〈魔法薬〉を作るしかなさそうね」
「魔法薬?」
「そう。材料を集めて、釜でチョウゴウするのよ」
なるほど。杖を振るのと薬を作るのと、二種類の方法があるのか。後者の方が、魔法に慣れていないカスミでも望みがありそうだった。
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