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さて、本当に困ったことになったぞ。
ベスケットの欠片を頬張りながら、カスミは考えた。
ベスが帰ってくるまで、カップの中で大人しく待っているというわけにもいかない。何もしないでいると、余計な不安に胸が押し潰されそうだったからだ。それに、やるべきことがないわけではない。カスミは、先ほどベスがベスケットを取り出した棚に目を向けた。
机も棚も同じ壁沿いに設置されているため、カスミの位置からでは棚の中身を確認することはできない。だが、それが本棚であろうことは彼女の中で既に明白だった。ベスが缶を取る時に床に落ちた本。それが何よりの証拠である。
ベスは魔法の教育を受けている。それならば、部屋の本棚に〈魔法の教科書〉なんかがあってもおかしくはない。その中には、魔法薬の知識について書かれてある教科書だって――。
とはいえ、『何でも願いが叶う魔法薬』の作り方を得ることが彼女の目的ではなかった。無論、得られればそれは願ったり叶ったりである。けれども、ことがそう上手く進むとは考えにくい。カスミもそこまでの楽観的思考は生憎持ち合わせていなかった。
現時点での目的は、魔法薬を作る上での基礎的な知識の習得である。この世界でいう〈魔法〉のルールを、可能な限り把握しておきたかったのだ。そうすれば、ベスが戻ってきてからスムーズに話を進めることが出来る。いわばこれは、元の世界に帰るための下準備のための下準備だ。
それはそれとして。
カスミはティーカップの中で、改めて自身の身体を見下ろした。
果たして、この小さな身体で本棚までたどり着くことが出来るだろうか。
本棚の正面に回り込むためには、まず散乱した床の上に降りなければならない。が、ここからジャンプして飛び降りるのは気が引けた。着地時に変なところにぶつけでもしたらどうなるか分かったものじゃないし、そもそも足で着地したとして無事でいられる高さなのかどうかも怪しかった。
どうにかして安全に床に降りられる方法は何かないものか。
膝にこぼれたベスケットの粉をカップの底へ払い落としながら、カスミは改めて顔を上げた。
正面の壁には、先ほど見た地図が貼られてある。四つの国と森とが描き込まれた、この世界の地図。もしやこの地図そのものが嘘っぱちの出鱈目なんじゃという考えがふとカスミの頭に浮かんだが、それを疑ってはキリがないので、やめた。
地図の脇には、カーテンが下がっている。暗くなると閉められるであろう麻地のカーテンが、今は窓の両端に分けられそれぞれリボンで束ねられている。
机、カーテン、窓、カーテン、本棚。
カスミの中で、それらの要素が綺麗に繋がった。
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