1日目 朝

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 カスミは、カップから出て机に足をつけた。ニスが塗ってあるようで、裸足で歩いても痛くない。ハンカチの服についたシワを手で伸ばすと、彼女はカーテンが垂れている机の隅まで歩み寄った。  カスミは、窓枠に乗りたかった。窓枠伝いにもう一方のカーテンまでたどり着ければ、岩場のように切り立った床の上を歩かなくて良いのである。  しかし、ここから窓枠へ飛び移るのは危険だ。まずはカーテンを登って、それから窓枠へ下りた方が現実的だろう。  カーテンに摑まるのは造作もない。机から浮いてはいるが、少しジャンプすれば容易に手が届くだろう。  ただ、カーテンを登るのが一筋縄ではいかなさそうだ。カスミは、何かスポーツをやっているわけではない。ホールドを掴むボルダリングや、ピッケルを使うアイスクライミングならまだしも、凹凸のないカーテンを腕の力で登るというのは、とても――。  ん? ピッケル?  カスミはカーテンの傍を離れ、地図の下へ駆け寄った。地図は、四隅を画鋲で留めてある。その内、下二つの画鋲を彼女は何とか引き抜いた。  これを、ピッケルのようにカーテンに突き刺しながら登れば――。  カスミは再びカーテンの裾元に立った。試しに、隅っこの辺りへ針を刺し、引き抜いてみる。針が細いこともあり、穴はほとんど目立たなかった。これなら問題ないだろう。部屋の主に迷惑を掛けるのは、一番避けなければならないことである。  いよいよ力強く机を蹴り、カスミは画鋲を握った両手を振りかぶった。衝撃を受けたカーテンが大きく揺れる。カスミは咄嗟に目を瞑ったが、しばらく待っても机の上に転がり落ちる気配はなかった。  ――いける。これ、いけるぞ。  カスミは右手に握った画鋲を引き抜くと、今度はより上の方に刺した。今度は左手の画鋲を、そして次はまた右手の画鋲を――。  気付けば、窓枠は足よりも低い位置にあった。カスミは進行方向を上から横へと切り替え、カーテンの右側に回り込んだ。登るよりも、真横に移動する方が幾分難しいように感じた。  身体が窓枠の真上に来たことを確認してから、カスミは片方ずつ画鋲をカーテンから放した。無事、足の裏で窓枠に着地する。抜いた画鋲は、また使うので両手に持ったままだ。  尋常でない達成感に浸りながら、彼女は何気なく真横の窓外へと目を向けた。
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