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「すごい……」
硬い窓ガラスに額を押し付けて、カスミは感嘆の声を漏らした。
ガラス一枚挟んだ外の世界に、青々とした緑が無限に広がっていた。やや曇りがちな空の下、様々に花を咲かせている植物の中を、点々と石畳の道が伸びている。しかし、ただ伸び放題に雑草が蔓延っているわけではない。隅々まできちんと手入れが為されてあるであろうことは、ガーデニングに詳しくないカスミですら確信することが出来た。
庭を飛んでいたミツバチが窓ガラスに当たり、カスミは我に返った。いけない、いけない。庭に見惚れている場合ではなかった。ベスが戻ってくる前に、魔法について勉強しておかなければならないのだ。
バランスを崩さないよう、カスミは慎重に一本道を進んでいく。
反対側のカーテンまでたどり着き、カスミは両手の画鋲を握り直した。そうして、先ほどと同じようにカーテンに突きさす。今度は登らず、真横への移動だ。ワンピースの裾でこまめに手汗を拭いながら、彼女は何とかカーテンの向こう側へ回り込んだ。
本棚の横には、小さなポシェットが掛かっている。ショルダーベルトには、今の位置から手を伸ばせば難なく届きそうだ。カスミは片手を画鋲から放し、ショルダーベルトをしっかり掴んだ。もう片方の手も画鋲から放し、身体が完全にカーテンから離れる。反動で本棚の側面に肩をぶつけたが、そこまで痛くはない。ジャングルのサルになった気分だった。
カスミはショルダーベルトを滑り落ち、ポシェットのポケット部分に両足をついた。首を伸ばせば、本棚の中身が確認できそうである。万一足が滑っても平気なように、カスミはベルトを握る手に力を込めて、首を伸ばして本棚の中身を覗き込んだ。
「うわっ」
期せずして、カスミの口から短い声が漏れた。ポシェットから落ちそうになったからではない。自分を見下ろす大量の背表紙の迫力に圧倒されたからである。たかが紙の束に恐怖を抱くことになるなど、彼女はこれまで夢にも思わなかった。
とてつもない緊迫感に押し潰されそうになりながら、カスミは背表紙の文字に目を凝らした。斜めから見ているせいで、パッと見ただけでは何と書いてあるのか読み取れない。それでも読み取れた文字を繋ぎ合わせて、カスミは本の題名を明らかにしていった。
一段目の端から端まで、厚さのまちまちな本が二十冊ほど収められている。その半分くらいのところまで確認したところで、カスミはふと妙なことに気が付いた。
〈魔法〉という単語が一度も浮かび上がってこないのだ。それどころか、魔術に関連する一切の題名が見当たらない。
代わりに、どの背表紙にも共通している単語があった。
それは――
「〈歌〉……?」
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