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教室内はしんと静まり返っており、クラスの皆が固唾を飲んで事の成り行きを見守っている。吉本は普段数学の授業を淡々と進めており、居眠りや内職の類を注意することはほとんどない。授業中の私語や立ち歩きなどがあった場合はさすがに注意するが、それを差し引いても生徒に対してここまで徹底的に問い詰める姿勢を見せたことは今まで一度もなかった。
「っていうか、何で俺たちだけここまで言われないといけないんですか?」
沈黙を破るかのように梶原が問いを投げかけた。
「俺たちだけ、とはどういうことだ?」
「だって、伊藤に対して遊びでちょっかいを出すことなんて、みんなやってますよ。俺たちだけこんな風に言われるのは不公平です」
「そうだそうだ!」
「おかしいぞ!」
梶原に同調するかのように松坂と平がまくし立てたところで、湯野が時計を一瞥した。
「ほら、もう授業の時間5分以上も過ぎてますよ!こんなおかしな話はやめて早く授業始めてくださいよ」
湯野はせせら笑いを浮かべながら吉本にそう言い放つ。
「そうだな。ただ、授業に入る前に2点だけ確認させてくれ。それだけ訊いたら授業に入ろう」
「……何ですか?」
「まず1つ目。梶原が言った『みんなやってますよ』の『みんな』って、誰だ?」
吉本の問いに、4人の目が点になった。
「何そんな誰でもわかるようなことを言うんですか?」
湯野が嘲笑を浮かべながらそう問いかける。
「いいから、答えてくれ」
「このクラスのみんなですよ。このクラスみんながやってることを俺たちだけ怒られるのはおかしいでしょ?」
「つまりこのクラスの全員が、伊藤さんに対して『やっている』と言うんだな?」
「何度も同じこと訊かないで下さいよ。そうに決まってるじゃないですか」
「なるほど。じゃあ2点目だ。お前らの言う『やっている』の内容は、どういう内容だ?自分の口で言え」
多少の苛立ちを見せる湯野に対して、毅然とした表情を崩さぬまま問いかける。
「それはまぁ……プロレスごっこをしたり、ボクシングごっこをしたり、まぁそんな感じですよ」
「ごっこ遊びの範疇は超えていることはすでにお前がさっき認めてたけどな。まぁいい」
吉本はそう告げると、教室全体へと視線を移した。
「みんな。今のやりとり聞いてたな?彼ら4人の主張は、このクラスのほぼ全員が伊藤さんにプロレス技をかけたり殴りかかったりしていじめをやっているんだから自分達だけ詰め寄られるのはおかしい、というものだ。この主張、みんなよーく覚えておいてくれよ」
吉本の瞳は厳しい光を放っていた。
「ごめんな。少しスタートが遅れたな。授業を始めよう!ほら、皆も席着いて!」
促されるまま伊藤達が席につくと、吉本は黒板の前に立ち、チョークを握った。
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