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二.グラスの中
静かな夏の午後。
カランと誰かが、扉を開けた喫茶店。
外がうだるような暑さだったことは、
その客の顔を見れば一目瞭然だ。
「ねぇ?、ヒロ?ねぇってば。」
「……え?」
「やっと気づいた。
さっきから、ずっーとアイスコーヒーのグラス覗いてさ、
まーた、いつもの空想に浸ってたんじゃない?」
美咲の視線が僕を覗き込む。
「そ、そんなことないよ……。」
「まぁ、ヒロは子供のころからそうだったもんね。
空想に浸る永遠の少年ってやつ?
でも、それが今の仕事になってるからいいか。
ねぇー、やっと
芽が出始めた絵本作家さん。」
にやけた美咲が言う。
「それで、どんな物語を空想してたの?」
絶対に興味はないような顔でこちらを覗く姿が
なんとも疎ましい。
「ぜったい言わない……。」
「あっ!やっぱり空想してたんだ。
ねぇねぇ、このアイスコーヒーからどんな物語が生まれたの?
まさか、このグラスの中の氷を船なんかに例えて、冒険か何かしてた?」
___す、するどい……。
さすが、小さい頃からの幼馴染だけはある。
「ヒロ……、でもちゃんと女の子の話とか聞いてあげたほうがいいよ。
二人でいる時に、好きな男の子がそうやって、ぼーっと
どこか妄想に更けてたら心配になるよ。
私のこと興味ないんじゃないかなって。」
「分かってるって……。」
「いやいや、分かってない!
ヒロも26歳の立派な青年として
これからはちゃんと生きていくんだよ。」
「な、なんだよ、ちゃんとって!俺だって、いっぱしの大人だ。
仕事も順調だし、今は食べてさえいける。」
「分かってるよ。
ただ、これからヒロも好きな人が出来て、
結婚して奥さんや子どもを持つようになったら、
もっと現実を見る目も必要ってこと。」
____結婚……。美咲が言うなよ。
両腕を挙げて、体を思い切り伸ばしながら美咲は言う。
「これから私も人の奥さんになるんだから、
そうそう幼馴染だからって今まで通りヒロとは
気軽に会えないからね。ちゃんとすんだよ。」
ふと見えた、美咲の薬指にはめたリングが、
妙に眩しくて目にささった。
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