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「たぶんその時の氷だよ。このグラスの中のは。」
美咲はクスリと、今度は静かに笑う。
周囲を気にすることをやっと覚えたらしい。
静かな午後の喫茶店。
先ほどの笑い声が嘘のように、
店内が静まり返る。
かろうじて聞こえるのはクラシックのBGM
とサイフォンの吐息。
時を刻む
時計の針の音さえも
壁に吸い込まれていくように辺りは静かになった。
ふとそんな時、影を落とした美咲の顔。
「ヒロ、私さ、秋からうまく奥さんできるかな……。」
「えっ?」
「今までみたいに、友達やヒロともいつまでも青春
やってるわけにはいかないじゃん。
これからはご近所付き合いや、旦那さんのご両親と上手く
つきあっていくこと出来るかな?」
意外だった。
誰とでも仲良くでき、ひまわりのように明るい美咲を
僕はずっと知っている。
とは言っても細やかさは男の僕の方が断然あるのだが。
でも、それ以上に大胆ですっと人の心の懐に
入っていける美咲が小さい頃からうらやましかった。
ただ、勝手に僕の心の懐に入ってきて、
すっといなくなるなんて卑怯だよ……。
「美咲なら大丈夫だよ。なんかあったら言ってこいよ」
「え~ヒロに?それはないな。」
そう言った美咲の顔はいつもの美咲に戻っていた。
本当の事を言わないほうが、
争いが減るというのなら
なぜ、いつまでたっても戦争はなくならないのだろう?
本当の事を隠す事で、
世の中が上手くいくのであれば、
今頃、皆ハッピーだ。
僕といえばとうとう、美咲に本当の事を言わないで、
彼女は秋にいなくなる。
本当の気持ちを言わないで、
短い夏がもうすぐ終わりを告げる。
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