三.本当の気持ち

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「たぶんその時の氷だよ。このグラスの中のは。」 美咲はクスリと、今度は静かに笑う。 周囲を気にすることをやっと覚えたらしい。 静かな午後の喫茶店。 先ほどの笑い声が嘘のように、 店内が静まり返る。 かろうじて聞こえるのはクラシックのBGM とサイフォンの吐息。 時を刻む 時計の針の音さえも 壁に吸い込まれていくように辺りは静かになった。 ふとそんな時、影を落とした美咲の顔。 「ヒロ、私さ、秋からうまく奥さんできるかな……。」 「えっ?」 「今までみたいに、友達やヒロともいつまでも青春 やってるわけにはいかないじゃん。 これからはご近所付き合いや、旦那さんのご両親と上手く つきあっていくこと出来るかな?」 意外だった。 誰とでも仲良くでき、ひまわりのように明るい美咲を 僕はずっと知っている。 とは言っても細やかさは男の僕の方が断然あるのだが。 でも、それ以上に大胆ですっと人の心の懐に 入っていける美咲が小さい頃からうらやましかった。 ただ、勝手に僕の心の懐に入ってきて、 すっといなくなるなんて卑怯だよ……。 「美咲なら大丈夫だよ。なんかあったら言ってこいよ」 「え~ヒロに?それはないな。」 そう言った美咲の顔はいつもの美咲に戻っていた。 本当の事を言わないほうが、 争いが減るというのなら なぜ、いつまでたっても戦争はなくならないのだろう? 本当の事を隠す事で、 世の中が上手くいくのであれば、 今頃、皆ハッピーだ。 僕といえばとうとう、美咲に本当の事を言わないで、 彼女は秋にいなくなる。 本当の気持ちを言わないで、 短い夏がもうすぐ終わりを告げる。
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